7-3
ぱちぱちと細かい星屑が若葉色の奥で無数に弾け、桜色をしたユグドラシルの唇が再度上へ持ち上がる。
その様子は、退屈していた幼い子供が新たな興味の対象を見つけたときと同じだ。
『……シュガーロビンが自信を持ってそういうのなら、少し飲んでみようかしら。せっかくシュガーロビンが用意してくれたんだものね』
「ぜひ、お好きなお茶菓子か軽食と一緒にどうぞ。こちらもユグドラシル様のためにご用意したものですから」
自信に満ちた声でそういうと、ユグドラシルがますます両目をきらめかせた。
フィアレッタがティーポットの蓋を閉め、ユグドラシルの目の前で妖精茶を注いでみせた。
ミモザ柄のティーカップの中へ、黒に近い濃いめの赤茶色をした紅茶が注がれていく。
温かな湯気とともに香るのは、焦がした蜂蜜に優しい花の匂いを絡めた華やかさと甘やかさを感じさせる香り。フィアレッタとジルニトラが一度感じた香りだ。
さらに、濃い赤茶色の中にミルクを溶かし込み、優しくかき混ぜて亜麻色に変化させる。
最後に白いエディブルフラワーの花弁を浮かべれば、ユグドラシルのために考案したリンデンの妖精茶の完成だ。
その隣で、ジルニトラがティースタンドからサンドイッチを一つ、スコーンとスパイスケーキを一切れずつ取って皿の上に乗せると、ユグドラシルの前にことりと置いた。
「ごゆっくりどうぞ」
「ユグドラシル様のお口に合ったら、わたしたちも嬉しいです」
そういって、ジルニトラとともにお辞儀をして自分の席に座り、自分とジルニトラの分の妖精茶をティーカップに注いだ。
ジルニトラもフィアレッタの隣に着席し、フィアレッタの手からティーカップを一つ受け取る。
交わされる言葉はないが、親しさを感じさせる二人のやり取りを見つめながら、ユグドラシルもティーカップに口をつけた。
『――!』
瞬間。
ユグドラシルは思わず両目を大きく見開いた。
一旦ティーカップをソーサーの上に置くと、今度はスコーンをナイフで二つに割ってから一口齧りつく。
その後、もう一度妖精茶に口をつけ――若葉色の両目を見開いたまま、片手の指先で口元を隠した。
フィアレッタが淹れた妖精茶を口にした瞬間、ユグドラシルの鼻をくすぐったのは先ほども感じた香り――焦がした蜂蜜とほのかなリンデンの花を絡めた、独特だけれど華やかさと甘やかさを感じさせる香り。
好みが分かれそうな香りだとも感じたが、鼻から抜けていくこの香りを感じたとき、ユグドラシルは長らく目にしていないティムバーの小麦畑の景色を思い出した。
スコーンを口にすれば、焼き菓子特有の香ばしさと小麦の甘みが舌の上に広がり、小麦畑の記憶をより色濃いものにした。
『……もしかして、あの農村の地で育んだものを使ったのかしら』
さすが、ここからティムバーを見守り続けてきた妖精の女王だ。
あっという間に答えに辿り着いたユグドラシルへ、ジルニトラが首を縦に振って答えた。
「あなたは長くティムバーを見守り続けてくれています。……ティムバーの味は、きっと気に入っていただけると考えまして」
『ふふ、考えたじゃない。……ええ、気に入ったわ。とてもね』
その土地でとれたものを妖精や幻獣たちに振る舞う――古くから使われてきた、妖精や幻獣たちへの感謝の示し方。
他の妖精や幻獣たちがこの方法で人間たちから実りを分けてもらっているところは何度も見てきた。
ユグドラシルも、遠い過去の時代に人間たちからの贈り物を何度か受け取ったことはあるが、パンタシア王国が安定して姿を隠してからは人間から実りの贈り物を受け取ることはなくなった。
だからだろう。今、ユグドラシルの胸いっぱいに懐かしい気持ちが広がっているのは。
『本当に……懐かしいわ』
小さく呟いたユグドラシルの両目が細められる。
ここではない、遠いどこかを見つめて、過ぎ去った遠い過去を思い出すユグドラシルへ、ジルニトラが言う。
「……お口に合ったようで安心しました。よければ、サンドイッチもいかがでしょうか」
『あら。スコーンだけでも十分だけれど……わざわざ勧めてくるのなら、サンドイッチにも何かあるのかしら』
「俺の口からあまり詳しくは。口にしたらわかるとだけ」
ジルニトラが横目でユグドラシルに視線を向け、唇の前でそっと人差し指をたてた。
彼の言葉と仕草に、フィアレッタは心の中で目を丸くさせる。
相手の好奇心や興味を強く刺激する言い回しは、妖精や幻獣たちに何か頼み事をする際に効果的な方法だ。妖精や幻獣と接するのはあまり慣れていないはずのジルニトラが、この言い回しが有効だと知っているなんて。
もしくは、協力してくれたというフロスピクシーたちから教わったのだろうか――だとしたら、そのフロスピクシーとジルニトラはとても良い関係を築けている。
妖精たちが、自分たちが不利になる言い回しや交渉情報を本当に嫌っている相手に教えるはずがない。ジルニトラがそれを知っているということは、良い関係を築けているという証拠だ。
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