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コルンムーメが持つ豊穣の祝福により、ティムバーに作った茶園は早いうちに結果が出ると思っていた。
――思ってはいたのだが、数日後。茶園の管理を任せていた使用人からの報告を受け、もう一度ティムバーへやってきた二人の目に飛び込んできたのはこちらの想像をいともたやすく超えた――想定外の結果だった。
「……これは……」
「すごい……です、ね……」
もっと他に言うべき感想があるのかもしれない。
けれど、フィアレッタもジルニトラも、眼前の光景に圧倒されてそんなぼんやりとした感想を口にすることしかできなかった。
数日前まで茶の苗木を植えただけだった畑は今、クラシオン茶園と並びそうなほどに広大な茶畑へ姿を変えていた。
苗木だったはずの茶の木はすっかり大きく育ち、青々とした葉を伸ばしている。一列に植えられた茶の木はどれも例外なく立派な茶の木としてそこに存在している。
茶畑の中に、あの日フィアレッタの呼び声に応じたコルンムーメの女王の姿はない。かわりに、彼女が率いる群れの一員と思われるコルンムーメたちが駆け回り、村人たちやレースディア家が送った使用人たちと一緒に畑仕事をこなしていた。
「あっ、領主様!」
眼前の光景にただただ驚いていた二人に気づき、村人の一人が声をあげた。
その声で他の村人たちもフィアレッタとジルニトラが来ていることに気づいたらしく、村人たちの視線が一斉に二人へ向けられる。
ぽかんとしていたフィアレッタとジルニトラも、こちらへ向けられる無数の視線で意識が引き戻され、はっとした顔で村人たちを見た。
こほん。気を取り直すために小さく咳払いをしてから、ジルニトラが村人たちへ声をかける。
「どうなったか気になって様子を見に来たが……順調に育っているみたいだな」
「はい! むしろ順調すぎるくらいですよ。本当に驚きました」
最初に声をかけた村人が返事をし、他の村人たちも次々に声をあげる。
「これも領主様方がコルンムーメを呼んでくれたおかげです。感謝してもしきれません」
「茶の木だけでなく、最近では小麦も少しずつ育ってきているんです! 何をしてもほとんど育たなかったのに……これもお二人のおかげです」
「そうか……小麦も育ってきたんだな。この調子が続けば、また小麦作りも再開できるかもしれないな」
「フィアレッタ様、コルンムーメたちにお礼をしたいって思ってるんですが、何か作法のようなものはありますか? こんなに手を貸してくれているからコルンムーメたちにお礼をしたいんですけど……」
「あ、ええと……そうですね……。茶葉を摘み取った際に、その茶葉でお茶を淹れ、夜眠る前に窓際へ置いてください。この先、小麦がまた収穫できるようになったら、収穫した小麦で作ったパンをミルクに浸し、同様に。収穫できたものをおすそ分けするのが、妖精や幻獣たちへの感謝になりますから」
次々にあがる村人たちの声に、フィアレッタもジルニトラも言葉を返していく。
全ての問いに答え終わり、納得したり満足したりした村人たちが二人の傍を離れていく頃には、フィアレッタもジルニトラも少しだけ疲労を感じていた。
「はあ……まさか、こんなに質問攻めにされるとは……。大丈夫だったか? フィアレッタ嬢」
「は、はい……。大丈夫です。少し驚きましたけど、皆さん元気を取り戻されたようでほっとしました」
疲れたのは確かだけれど、あんなに静かだったティムバーが力を取り戻した証拠でもある。嫌な疲労感ではない。
ふうと軽く息をついて少しの疲労を吐息と一緒に吐き出すと、フィアレッタは改めて眼前に広がる茶畑を見つめた。
本当に、数日前は苗木を植えただけと言われても信じられないほどの成長具合だ。茶葉を摘んで加工し、ティムバー産のはじめての紅茶が出来上がるのも時間の問題だろう。とても喜ばしい状況だ。
……喜ばしい状況ではあるのだが。
「……でも……コルンムーメの女王の祝福が宿っているとはいえ、この育ち具合は……」
コルンムーメが司る祝福の力は豊穣。特にコルンムーメの女王が与える祝福の力はとても強く、どれだけ不作が続いていてもコルンムーメの女王が祝福を与えれば豊かな大地として蘇るほどだ。
けれど、たった数日でここまでの結果を出せるほどの力はない――はずなのだ。
「これじゃあ、まるで……」
まるで――。
『私が現れたときのよう――ですか?』
ふいに。
ふいに、透き通った女性の声が背後から聞こえた。
フィアレッタのものでもなければ、もちろんジルニトラのものでもない、第三者の声。
突然聞こえた声に大きく心臓が跳ね、ばっと素早い動きで振り返る。
はたしていつからそこにいたのか――フィアレッタとジルニトラの数歩後ろには、美しい一人の女性が立っていた。
息を呑むほど美しい女性だ。緩くウェーブがかった亜麻色の髪は地面につきそうなほどに長く、色とりどりの花々を髪に編み込むようにして飾っている。フィアレッタとジルニトラへ向けられている目は青々とした若葉の色で、うっすらと花の影が目の中に浮かんでいるようにも見える。さまざまな種類の花で飾られたドレスを身にまとった彼女は、人ではないと思わせる神秘的な美しさをまとっていた。
否、実際に彼女は人ではない。
「……な、んで……どうして、ここに……」
フィアレッタの喉から発される声が細かく震える。
両目が大きく見開かれ、信じられないものを見るかのような目つきで眼前の女性を見つめる。
だって、信じられないのだ。本来ならこんな場所で出会う存在ではないし――こんな簡単に人前に姿を見せるような存在ではないはずだから。
ジルニトラも相手が何者であるのか気づいたらしく、大きく目を見開く。
二人分の驚愕の視線を受けながら、女性はゆっくりと口角をあげて、優雅に笑った。
「豊穣の女王――ユグドラシル様」
大地を支える樹から生まれ落ちたといわれる、古き時代から生きる妖精。
誰よりも強い豊穣と安寧の祝福を持つ、世界樹の妖精。
どの妖精よりも長く、どの幻獣よりも深く、人間たちを見守り絆を育んできた存在。
妖精の女王の一人、ユグドラシル。
おとぎ話の中で語られるような古い妖精が、そこにいた。
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