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つい先ほどまで穏やかだった空気の中に、ほんのわずかな緊張感が入り混じる。
普通とは言い難いバートランドの反応を前に、フィアレッタもわずかに顔を強張らせる。
「その問いに答える前に……フィアレッタ様。あなた様に一つお願いをしてもよろしいでしょうか」
「なんでしょう?」
静かなバートランドの声に、フィアレッタも静かな声で返す。
独特の緊張感に満ちた玄関ホールは、不思議と普段以上に静まり返っているように感じる。
わずかな息苦しさも感じる中、バートランドが『頼み事』を告げた。
「奥様は『本物』の妖精茶を淹れられると聞きました。……その力を使って……どうか、旦那様を……ジルニトラ様を助けていただけませんか」
バートランドの視線がフィアレッタを射抜く。
フィアレッタの両目が大きく見開かれる。
彼が口にした頼み事は、フィアレッタにとって非常に大きな衝撃を受けるものだった。
頭の中でさまざまな言葉が浮かんでは消えていく。
ジルニトラを助けてほしいとは一体どういうことなのか。
執事長が自身の主を助けてほしいと頼んでくるなんて、レースディア家で何が起きているのか。
聞きたいことはたくさんあるが――それらよりも優先し、聞かなければならないことが一つある。
「……そのことを、一体どこで聞いたのでしょうか」
フィアレッタが『本物』の妖精茶を淹れられることを、どこで聞いたのか。
わずかに目を細めて問うと、バートランドが深々と頭を下げて答えた。
「申し訳ありません。私が妖精茶について独自に調べるうちに知ったことです」
まずはそう前置きをし、バートランドは続ける。
「旦那様をお助けするために妖精茶の力を借りようと考え、いくつかご用意したのですが……伝説の中で語られていたかのような効果がなく、どのように淹れたらいいのかを調べた際に、現在一般的に流通している妖精茶はどれも効果がない模倣品であると知ったのです」
「……もしかして、模造品があるなら本物もあるはずだと考えたのでしょうか」
「はい。奥様のおっしゃるとおりです。……模造品ということは本物を真似て作ったはず。なら、本物の妖精茶もどこかにあるはずだと引き続き調べ続け……奥様。あなた様が本物の妖精茶を淹れられる方であることを知りました」
なるほど、バートランドの口から経緯を聞くと少し納得できた。
エヴァンも言っていたが、情報を完全に外部へ漏れないようにするのは難しい。バートランドはかすかに漏れた情報を手に入れ、フィアレッタに辿り着いたのだろう。
レースディア家も立派な貴族家門の一つだ、情報収集に特化した使用人がいてもおかしくはないし――それがバートランドだったとしても納得ができる。
模造品の妖精茶という情報から最終的にフィアレッタを見つけ出せたあたり、彼の情報収集能力は非常に優れているということだから。
「……なるほど。わたしが『本物』の妖精茶を淹れられることをどうして知っているのか、その理由、よくわかりました」
頭をあげるようバートランドに命じる。
わずかな時間をおいたあと、ゆっくり顔をあげたバートランドは申し訳なさそうに眉尻を下げ、表情を曇らせていた。
「このことは争いを避けるため、秘密にしていることでもあるので……どうか内密に」
「もちろん必要以上に言いふらしたりなどしません。ご安心ください」
「ありがとうございます。……それで、ええと……もう一つ、バートランドにお聞きしたいのですが……」
なぜバートランドがフィアレッタの秘密を知っていたのか、その理由はわかった。
あとは、もう一つ。
「『本物』の妖精茶を淹れられる力を使って旦那様を助けてほしいというのは……一体、どういうことなのでしょうか」
その問いに対する答えは、すぐには返ってこなかった。
何やら黙り込み、唇を真横に引き結んで思考を巡らせている。
やがて、少しの空白を置いたのち――バートランドは何か決めたように一人で頷いた。
「……そのことについては、一度ご覧になっていただいたほうがわかりやすいかと思います」
「ご覧に……?」
「はい。少々ついてきていただけますか。奥様」
目で、表情で、声で――全身で真剣に頼んでくるバートランド。
彼の様子に一瞬ぽかんとするも、全身で真剣な頼み事なのだと訴えてくる相手を見つめ、静かに首を縦に振った。
バートランドがどうしてあのような頼み事をしてきたのか、なぜフィアレッタが淹れる妖精茶を必要としているのか――それを知るためにも、彼が見せたいと思っている光景を見るのが早い。
そう、判断して。
「わかりました。案内をお願いできますか?」
「はい。こちらへどうぞ、奥様」
バートランドが優雅な動きで二階に続く螺旋階段を示す。
こちらが無理なくついてこれる速度で歩き始めた彼の背中を追い、フィアレッタは螺旋階段を上がって上の階に向かった。
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