3-8

「……わたし、疑問に思ってたの。シュネーガイスト領にもあなたたち妖精や幻獣たちが暮らしているはずなのに、どうしてこんなにも姿を見ないんだろうって」


 じぃ、と。

 フィアレッタの両目がフロスピクシーたちを捉える。


「もしかして……その『妖精嫌いの男』を警戒して、姿を隠していたの?」


 かつてのレースディア家は、人間優位の世界を主張して妖精を原動力とする炉心を作り出した。実際に妖精や幻獣を捕らえて魔力を作り出せるかどうかの実験も、炉心作りの中で行われていたに違いない。

 妖精や幻獣たちからすれば、前レースディア家当主は自分たちの命を奪う人間で、レースディア家は妖精および幻獣殺しの家――明確な敵がいる環境で姿を見せ続ける理由はない。


『そうよ。女王様がおっしゃったの。姿を隠しなさいって』

『王様もおっしゃったの。手を貸すのもやめなさいって』


 白い花と青い花のフロスピクシーが答える。


『妖精嫌いの家に住まう人の子とは長く共存してきたけど、あの家に生まれた男はわたしたち妖精と幻獣との絆を忘れて害を与えたのは向こう。絆を失うのも、わたしたちから報復を受けるのも当然のこと――女王様と王様はそうおっしゃって、わたしたち妖精の大人たちも子供たちにそう言い聞かせたわ』


 ……予想していた。予想していたし、覚悟もしていた。

 前レースディア家当主が行ったことは決して許されないことであり、妖精たちに明確な危害を加えて命まで奪った敵だ。いくら歴代の人間と友好関係を築いていたからといって、明確な敵対行動を取ってきた相手に手を貸し続ける理由はどこにもない。


 ぐ――と一人、唇を強く噛みしめる。

 今後、レースディア家が妖精や幻獣たちとともに生きていくには、彼ら彼女らとの関係改善が必要不可欠だが、非常に難しそうだ。


『でも、ね』


 前当主らがシュネーガイスト領とレースディア家に残した負の遺産を取り除くのは簡単ではない。

 フィアレッタが厳しい現実を前にしたとき、耳元で青い花のフロスピクシーが囁いた。


『あたしたち、若い世代の妖精や幻獣たちはあの子と仲良くしていきたいと思っているの』


 は、と。

 フィアレッタの両目が丸く、大きく見開かれる。


『だってあの子は、妖精嫌いの家の中で唯一あたしたちを心配してくれたもの』

『だってあの子は、妖精嫌いの家に生まれた人間の中で、唯一嫌な気配がしなかった子だもの』

『わたしたち妖精や幻獣をいつだって心配してくれたわ。大人たちはあの家の人間はみんな悪だと言っているけれど、あの子だけは許してあげてもいいと思ってるの』


 秘密を共有するかのように、青い花のフロスピクシーが囁く。彼女に続き、白い花と桃色の花のフロスピクシーもフィアレッタの耳元まで飛んできて囁いた。

 いや、秘密を共有するかの『ように』――ではない。

 彼女たちは今、自分たちの胸に秘めていた秘密をフィアレッタに共有してくれているのだ。

 レースディア家で生まれ育った人間と親しくしたいだなんて、過去の傷を知っている妖精や幻獣たちに知られたら絶対に許してもらえないはずだから。


 妖精や幻獣たち全てがレースディア家とその家に生まれた人間を悪く思っているわけではない――レースディア家の人間と再び親交を結ぼうと考えている妖精たちもいる。

 つい先ほど現実の厳しさを思い知っただけに、フロスピクシーたちが教えてくれた彼女たちだけの秘密は、ささやかだけれど確かな希望だった。


 時間はかかるだろうが、妖精や幻獣たちとの関係を改善するのは不可能ではない。

 妖精や幻獣たちとの関係を改善できれば、大地に再度祝福の力が宿り、ティムバーを襲っている不作も解決するはずだ。


「……もし。もし、わたしの旦那様が……あなたたちが言う冬に愛された子が、妖精や幻獣との関係を修復してもう一度共存していきたいって思ってる……って言ったら、あなたたちは信じる?」


 はつり。小さな声で呟く。

 フィアレッタの唇から発された言葉は、フロスピクシーたちを驚かせるには十分だった。

 小さな妖精たちは互いに顔を見合わせ――わずかな時間を置いてから、くすりと笑みを浮かべた。

 ふわり。小さな羽を動かし、青い花のフロスピクシーがフィアレッタの肩の上から飛び立つ。


『それが本当なら、私たちは歓迎するわ。私たちのシュガーロビン』

『ええ、ええ。当時を知っている仲間たちを説得するのは簡単ではないだろうけど……あの子がわたしたちと生きたいと願ってくれるなら、わたしたちも応えたいわ』

『その言葉に嘘偽りがなければ』


 口々に言葉を紡いで、フロスピクシーたちはくすくすと笑いながら舞い上がった。

 彼女たちの羽からこぼれた光の粒子が風に乗り、フィアレッタの周囲を柔らかく取り巻いて消えていく。

 小さな隣人たちの姿が完全に見えなくなるまで、フィアレッタは空を見上げていた。


「……あの……奥様」


 草を踏む音が聞こえ、隠れていたバートランドが姿を現す。

 ずっと木々の後ろに隠れてもらっていたのだ、フィアレッタとフロスピクシーたちの会話を全て聞いていたはず。

 手元に残った紅茶を全て飲み干し、くるりと振り返り、フィアレッタは両目にバートランドの姿を映した。


「不作の原因と解決法が見えました。バートランド、ひとまず今回は旦那様が取った対策をティムバーの村に行い、一度侯爵邸へ戻りましょう」


 テキパキとティーカップを始めとした道具をしまい、広げていた荷物を全て片付けて、トランクケースの蓋をしっかり閉める。

 そして、トランクケースを両手で持ち上げ、バートランドをまっすぐに見つめて言葉を続けた。


「今回の対話でわかりました。今のシュネーガイスト領を良い状態に導くには、大改革が必要です」


 過去の傷を全て覆い隠すほどの――全てを変えるといっていいほどの、大改革が。

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