第四話
4-1
「旦那様。妖精や幻獣をシュネーガイストの地に呼びましょう」
いつものティータイムの時間。
提案のようで、実際にはそうではない強い口調で一言、フィアレッタはジルニトラへそういった。
時計の針が時を刻む音しか聞こえない執務室。聞き逃したふりをしても不可能なほどに、周囲で奏でられる音が限られている空間。
人によっては不安や圧迫感を覚えてしまいそうなほどの静寂に満たされている室内では、フィアレッタの声が非常に大きく響いて聞こえた。
「……妖精や幻獣を……呼ぶ?」
かちゃり。陶器同士がぶつかり、涼やかな音が奏でられる。
ジルニトラは、フィアレッタと向かい合うように今日も正面の席に座っている。テーブルの上に置かれたソーサーにティーカップを置き、彼は不思議そうな声色で問いかけてきた。
今日の妖精茶はベールクティーをベースにしつつ、使用するキャンディスを変えたもの。
華やかで上品な雰囲気を感じさせる香りとかすかな苦味が特徴的なオレンジフラワーのキャンディスは、不安を和らげて張り詰めた精神を落ち着かせるのを得意としている。
休憩時間にこんな話をするのも少し申し訳なかったが、カモミールと同じく心を落ち着かせる効果がある妖精茶を用意した今日だからこそ、このような真剣な話を切り出しやすかった。
「はい。妖精や幻獣たちをシュネーガイストの地に呼びましょう。現在のシュネーガイスト領には、彼ら彼女らの力が必要です」
ジルニトラを真正面から見つめたまま、凛とした声で答える。
きょとんとしていたジルニトラもフィアレッタの表情に少々押されつつも、言葉を返した。
「妖精や幻獣なら、探せばシュネーガイスト内にもいると思うが……理由を聞いても?」
「……昨日、バートランドから少々お話を聞きました。現在、シュネーガイスト領の中にある農村の中には不作に悩まれているところがあると」
本当はフィアレッタがバートランドを連れてティムバーへ視察に向かったのだが――そのことは伏せ、嘘と真実を織り交ぜた言葉で告げる。
フィアレッタがティムバーを悩ませる不作について知っている理由を考えたとき、真っ先に思い浮かんだのがこれだった。
「不作の原因にはさまざまなものがありますが、記録的な不作の場合、妖精や幻獣たちがくれる祝福の力が足りていない可能性があります。彼ら彼女らがくれる祝福の力は、あらゆる植物を健やかに育てるために必要なものですから」
「……なるほど。だが、先ほども言ったように、シュネーガイストにも探せば妖精や幻獣たちが暮らしているはずだ。わざわざ呼ぶ必要はないのでは?」
「いいえ、呼ぶ必要があります」
静かに首を左右に振り、告げる。シュネーガイスト領の現状を。
「確かに、シュネーガイスト領にも妖精や幻獣たちが暮らしています。……ですが、そのほとんどが妖精たちの王の命令により、姿を隠してしまっています」
「――!」
ジルニトラの唇がかすかにわなないた。
何か物言いたげに唇が何度か開閉するが、何らかの音や言葉が紡がれることはない。
かわりに深く息を吐いたのち、一言。フィアレッタへ静かに問う。
「……フィアレッタ嬢は、妖精や幻獣たちが姿を隠した理由を……知っているのか?」
心当たりはある。ティムバー近くにある森で妖精たちと言葉を交わしたとき、フロスピクシーたちから直接聞き出したのだから。
理由が理由だから、直接ジルニトラに言うのは少々心苦しいものがあるが――だからといって、理由を問われてその答えをぼやかすわけにはいかない。
それに、これは領地にかかわる重大な問題。シュネーガイストの領主であるジルニトラに詳細を告げないのはおかしな話だ。
わずかに緊張する気持ちを落ち着けるために深く息を吸い込み、吐き出す。深呼吸をすれば張り詰めた精神がわずかに緩み、固く閉ざされていたフィアレッタの唇が開きやすくなった。
「……レースディア家の前当主様らが行ってきた行為が原因のようです」
「……父上らが……」
「妖精の炉心――といえば、心当たりがあるのでは?」
直後。
ジルニトラの喉が引きつった音をたてた。
もっと周囲に音が多ければ、フィアレッタの耳に届くこともなかっただろう。しかし、ここは痛いほどの静寂に満ちた部屋。引きつった小さな音はしっかりとフィアレッタの耳に届き、ジルニトラが動揺したことを明確に伝えてきていた。
心当たりがあるのだろう。それこそ、心当たりがありすぎるほどに。
妖精の炉心は、レースディア家に刻まれた歴史のうち、負の歴史といえるものなのだから。
「妖精たちの女王と王は、レースディア家の前当主様らが過去に作り出した魔法道具、妖精の炉心によって多くの妖精たちが命を落とした――人間が共存相手である妖精たちに害をなし、命を奪った事実を重く捉え、妖精や幻獣たちに姿を隠すよう命令されたそうです」
「……そう、か……。父上やお祖父様らの行いのせいで……」
「……厳しい話ですが、多くの妖精の命を奪った相手に好意的に接する理由も、これからも手を貸し続ける理由もない……ということなのでしょう」
ジルニトラが眉間にシワを寄せたのち、深く息を吐きだした。
視線を目の前のフィアレッタではなく、ソーサーの上に置かれたティーカップにじっと注いでいる。
物憂げに――そして、苦しそうに。
「ですが、朗報もあります」
まだ温かな妖精茶が入っているティーカップを持ち上げ、空っぽに近いジルニトラのティーカップへ妖精茶を注ぐ。
強い失意に苛まれる彼の心へ、希望を注ぎ込むかのように。
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