3-7

 妖精と対話をするのは、実を言うとそれほど珍しくはない。

 個々によって少しずつ性格に違いがあるが、多くの妖精は好奇心が旺盛で、興味があるものや人の前には積極的に姿を見せる。フィアレッタのように妖精たちから愛されている人間であれば、向こうから簡単に姿を見せてくれるものだ。

 特に妖精たちから特別愛されているわけではない人間が相手でも、妖精たちが気に入ったり好奇心を刺激される行動をとっていれば、簡単に姿を見せる。

 だから、こうして子供が一人きりという状況を作れば――。


『……子供?』


 ――向こうから、こちらに来てくれる。

 ティーカップで隠した口元が弧を描く。

 けれど、即座に浮かんだ笑みを消すと、フィアレッタは声が聞こえたほうへ目を向けた。


「こんにちは、はじめまして。少しお邪魔させてもらってるわ」


 茂みや植物の後ろから、妖精たちがフィアレッタを見つめてきている。

 二十センチほどの背丈をした、とても小さな妖精たちだ。色とりどりの花で赤毛を飾っている。人間の子供をとても小さくしたような姿だが、その身体の大きさや背中に生えた羽、尖った耳などの特徴が人ではなく妖精なのだと物語っている。


 フロスピクシー。パンタシア王国に住まう妖精たちの中で、もっとも長く人間たちと過ごしてきた妖精だ。

 フロスピクシーたちは強い好奇心と少しばかりの警戒心を込めた目でフィアレッタを見つめていたが、フィアレッタから挨拶をした瞬間、ぱっとこちらへ近づいてきた。


『子供だ! 人間の子供!』

『ここじゃない大地の匂いがする。この辺りの子供じゃないみたい』

『ねえ、どこから来たのかしら? 白い精霊の大地の子以外がここに来るのは本当に久しぶり』


 一人は目を輝かせ、一人は不思議そうに呟き、一人は嬉しそうにフィアレッタの周りを飛び回る。

 三者三様の反応を見せるフロスピクシーたちを眺めながら、フィアレッタは今度こそはっきりと表情を緩めた。

 シュネーガイスト領に来て妖精と言葉を交わすのは今回がはじめてだが、やはり妖精たちの姿を見て、声を聞くと落ち着くものがある。

 やはり自分は妖精や幻獣と古くから親交を持ってきた家――フェルドラッド家で生まれ育った人間なのだ。


「レースディア家に嫁ぐ形で、アトラリアの地から来たの」

『アトラリア!』


 フロスピクシーの一人が声をあげる。緩くウェーブがかった長い赤毛に白い花を飾ったフロスピクシーだ。


『風が歌っていたわ。アトラリアには私たちの愛し子がいるって』

『あなたなのね。あなたなのね。わたしたちも会えて嬉しいわ』


 白い花のフロスピクシーに続き、不思議そうに呟いていたフロスピクシーも胸の前で小さな両手を重ねて笑う。

 二つにまとめられた彼女の赤毛には、柔らかな桃色の花が咲いている。


『それも、レースディアの家の子に嫁いできたのね。なら、これからはあたしたちとずっと一緒だわ』


 最後にそういったのは、先ほど嬉しそうにフィアレッタの周囲を飛び回っていた、青い花のフロスピクシーだ。

 肩ぐらいの長さで自身の赤毛を整え、ふんわりとさせている。

 敵意や悪意は感じられない。皆が皆、フィアレッタというシュネーガイスト領へ新たにやってきた人間を受け入れ、心から歓迎している。


 やはり、今はほとんど妖精や幻獣たちの姿を見なくなってしまっただけで、ここも古くから幻想の世界の隣人たちが住まう土地。この調子なら、時間をかければ他の妖精や幻獣たちとも接触できるかもしれない。

 フィアレッタがささやかな希望を抱いたとき、ふと、青い花のフロスピクシーがフィアレッタの肩に座って呟いた。


『……レースディアの家の子といえば、冬に愛された子は元気にしているかしら?』

『ああ、あの銀の髪の子ね』

『元気かしら。元気にしているといいのだけれど』

『ねえ、シュガーロビン。レースディアの家の子に嫁いだと言っていたわよね? 何か知らないかしら?』


 青い花のフロスピクシーがフィアレッタを見上げる。

 銀髪で、レースディア家の子――間違いない。ジルニトラのことだ。


「その人なら、わたしが嫁いだ人だけど……」

『まあ!』


 フィアレッタが答えた瞬間、青い花のフロスピクシーが胸の前で両手を重ね合わせた。

 両目の奥にきらきらと無数の星屑を抱え、ほんのりと頬を赤く紅潮させている。


『冬に愛された子に嫁いだのがあなたなのね! 私たちのシュガーロビンが冬に愛されたあの子と一緒に過ごしてくれるのなら、みんなきっと喜ぶわ』

『シュガーロビン、冬に愛された子はどんな様子で過ごしているの?』

『妖精嫌いのあの男にいじめられていないかしら。あの子は妖精嫌いの家で、唯一わたしたちに優しくしてくれたから心配なの』

『そうよね、そう。あたしの家族が妖精嫌いのあの男に捕まったときも、殺される前に助けてくれたわ。でもそのせいであの子があの男に殴られていたからずっと心配しているの』


 歌うように、ささやくように、フロスピクシーたちの唇から次々に言葉が紡がれる。

 その声に耳を傾けながら、フィアレッタははたと数回瞬きをした。

 妖精嫌いの家。妖精嫌いの男。唯一妖精たちに優しくしてくれた人。殺される前に捕まった妖精を助けた――新たに得られた証言を一つ一つ丁寧に頭の中で組み合わせる。

 妖精嫌いの家というのは、過去のレースディア家だろう。昔、レースディア家の人間たちは妖精や幻獣を従えるべきだと主張していた。


 では、妖精嫌いの男というのは? ……おそらくだが、過去のレースディア家当主か。

 あの子というのは冬に愛された子、すなわちジルニトラのことを指している。であれば、妖精嫌いの男に殴られた子というのはジルニトラ――彼を殴ることができる人間なら、前レースディア家当主である可能性が濃厚だろう。


 ぱちり、かちり。

 情報を整理していく中で、フィアレッタの頭の中でパズルのピースがはまる音が聞こえた。

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