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他の国に比べ、パンタシア王国には魔法を使える国民が多い。これはパンタシア王国が古くから妖精や幻獣たちと共存していたからであり、王国で使われている魔法の始まりは彼ら彼女らから伝えられた魔法だからだ。
妖精や幻獣たちと良い関係を結んだ国民たちは、友好の証の一つとして魔法を教わり、その魔法を自分たちが使いやすいように改良して数多の魔法を生み出してきた。そうして現在のような魔法大国に繋がったのだ。
ところが、人間たちの間で魔法が当然のものとして受け入れられるようになった頃。
自分たちが使う魔法は妖精や幻獣たちから伝えられた魔法が元になっていることを忘れ、妖精や幻獣たちへの感謝も忘れ、人間のほうが上だと考える者が現れはじめた。
人間は妖精や幻獣よりも優れている。妖精や幻獣といった幻想の住民に従うのではなく、人間が幻想の住民たちを従わせるべき。妖精や幻獣に支配されるのではなく、これからは人間が幻想の存在を支配するべきだ。
そう主張する者は次第に増えていき、妖精や幻獣との共存ではなく人間主体の社会を作り上げようと暴走をはじめた。
その先頭に立っていたのがレースディア家――王国へ反旗を翻そうとし、制圧された負の歴史を持つ家門だ。
「……確か、レースディア家は現在も問題視されている魔法道具を作り出し、その歴史の影響から各家門に厳しい目を向けられている、と……」
「ああ。……今も残る負の遺産、妖精の炉心を作り出したのが……あの家だ」
エヴァンがますます苦い顔をする。
妖精の炉心。
動乱の時代に妖精や幻獣に対して否定的な感情を持つ人間の手によって生み出された、禁忌の魔法道具。
妖精や幻獣を炉心とし、彼ら彼女らから強制的に魔力を抽出して大量の魔力を生み出すそれは、多くの妖精や幻獣たちの命を奪った悪しき魔法道具だ。
当時、これを生み出したレースディア家当主は数多くの妖精や幻獣を不当に捕獲し、魔力を抽出し、膨大な量の魔法を扱えるようにした。
それだけでなく、自身と同じく人間主体の世界をと唱える他家の人間にも譲って反乱をお越し、動乱と混乱の時代を訪れさせた。
最終的に人間主体の世界を唱える家門の暴走は鎮圧されて平和が戻ったが、反乱軍の先頭に立っていたレースディア家には現在も多くの家門から特に厳しい目を向けられている。
妖精や幻獣との絆を重要視するフェルドラッド家も例外ではなく、レースディア家の名が出た瞬間に空気が変わるほど厳しい目を向けていた。
「……でも、レースディア家の方がどうして……?」
言ってしまえば、レースディア家とフェルドラッド家は相性が悪い。かつて幻想の隣人たちを軽んじた家と、幻想の隣人たちとの絆を重要視している家なのだから。
わざわざ相性が悪い家に結婚を申し込むのではなく、親しい関係にある家門に結婚を申し込んだほうが丸く収まりそうなのに。
フィアレッタの疑問に、エヴァンが紅茶を一口飲んでから答える。
「僕もそれを疑問に思い、婚姻の話を持ち込んできたレースディア家の使用人に聞いてみたんだ。……なんでも、今代のレースディア家当主は妖精や幻獣たちとともに生きようと考えているそうだ」
これには思わず目を丸くしてしまった。
過去にレースディア家が犯した罪の内容が内容だ、てっきりレースディアに生まれた人間は皆、妖精や幻獣を軽んじているのかと思っていたが――どうやら今代の当主はそうではないらしい。
レースディア家の中にも妖精や幻獣たちと生きたいと考える人間がいたことに驚きつつ、エヴァンの話の続きを待つ。
「フィアレッタもよく知っているように、フェルドラッド家は妖精卿という名を王家から賜るほど、妖精や幻獣たちとの絆が深い。フェルドラッド家の令嬢と婚姻関係を結ぶことができれば、本当に妖精や幻獣たちと共存する道を選んだのだと周囲に示せるから――おそらく、そのためなんだろう」
「……なるほど……確かに、その可能性はありそうですね……」
言葉のみで宣言するよりも、行動が伴ったほうが説得力は大きく増す。
王家から注目されているフェルドラッド家と繋がることができればそれだけで家門の力も高まるし、妖精や幻獣たちとの付き合い方や接し方といった知識も取り入れられる。レースディア家にとって、この婚姻は非常に大きなメリットがある。
「……それから、向こうにはもう一つ目的があるようだった」
「もう一つの目的……ですか?」
「そう。僕らにとって、無視できない目的だ」
わずかに首を傾げたフィアレッタへ、エヴァンが告げる。
「『本物』の
「――!」
エヴァンが口にした言葉を耳にした瞬間、フィアレッタは自身の両目が大きく、丸く見開かれるのを自覚した。
本日何度目かになる深いため息をつき、エヴァンが言う。
「パンタシア王国で暮らす人々の中には、フィアレッタ。お前のように妖精や幻獣たちからの寵愛を受ける人もいれば、僕らフェルドラッド家の人間のように特別な贈り物を受け取って生まれてくる人もいる」
「……はい。わたしたちフェルドラッド家は、妖精や幻獣たちと深い絆を結び続けてきた結果『妖精茶』という贈り
妖精茶――普通の紅茶とは異なる、特別な魔法がかかった紅茶だ。
妖精たちが特に好んで飲んでいるといわれる紅茶で、淹れる際に妖精や幻獣たちが使う古いおまじないを使い、特別な甘味料を加えて淹れられるのが特徴である。
妖精や幻獣の存在がより身近なところに息づいていた時代では、多くの領主や領民、王族の人間が妖精たちとともにこのお茶を楽しんでいたと伝えられている。
ところが、レースディア家が起こした騒動から妖精や幻獣たちの間にわずかな溝ができてからは本物の妖精茶を淹れられる人間は減っていき、現在では本物の妖精茶を淹れられる者はほんの一握りの人間だけになってしまった。
現在も楽しまれている妖精茶のほとんどは、かつて存在していたものを模した模造品。一般的に妖精茶という名称で知られているお茶は、全て特別な効果を持たない偽物だ。
「ですが、フェルドラッド家の贈り物である妖精茶のことは、外部に知られると争いの原因になってしまうかもしれないからとお兄様が秘密にしてきたのでは……?」
さまざまな奇跡を起こす妖精茶は、争いの原因になる可能性がある。
エヴァンは仮に争いに巻き込まれても自分の力でなんとかできるが、まだ幼いフィアレッタはそうはいかない。
何より、妖精や幻獣たちからの愛を一身に受けているフィアレッタに何かあれば、妖精や幻獣たちとの関係が悪化してしまうかもしれない――だから妖精茶の贈り物のことは秘密にしよう。
幼い頃、エヴァンからそう言われたことは今でも鮮明に思い出せるくらい覚えている。
当時は理由をあまり理解できなかったが、成長してからは彼がそういった理由がよくわかった。
外を歩けば妖精たちの手によって髪に花を編み込まれ、少しでも美しい景色を目にするように行く先は色とりどりの花々で彩られ、誕生日を迎えた日には多くの妖精や幻獣たちがお祝いの品を持って姿を見せる――妖精や幻獣たちと良好な関係を保つにあたって、自分の存在はとても大きなものだと成長する中で理解した。
数日という短い日数とはいえ、妖精や幻獣たちが暮らす領域に連れて行かれるという事件を経験してからはより鮮明に。
だからこそ、フィアレッタ自身も妖精茶の技術については外で口にしないようにしていたのだが――レースディア家の使用人は、一体どこで知ったのだろうか。
不安と疑問を織り交ぜるフィアレッタへ、エヴァンは緩く首を振って答える。
「情報を完全に外部へ漏れないようにするのは難しい。どうやったかはわからないが、何らかの方法で向こうはフェルドラッド家が受け取った贈り物について知ったんだと思う」
わざわざ『本物』の妖精茶と表現してきた辺り、レースディア家は一般的に楽しまれている妖精茶は形と名前だけの模造品であることを確実に知っている。
そして、どういう事情があるのかはわからないが、フィアレッタが淹れる妖精茶を必要としている。それも、結婚という形で手に入れようとするほど強く。
レースディア家の考えはわからないが、とにかく向こうがフィアレッタという伯爵令嬢を必要としていることはとてもよくわかった。
「……向こうがわたしを必要として、婚姻の話を持ち込んできたのはよく理解できました」
けれど、まだわからないことがある。
「……ですが、お兄様はどうしてこのお話を問答無用で断らなかったのですか?」
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