4-5

 ……どうしたんだろう、さっきから。こんなに緊張したりドキドキしたりすること、今までなかったのに。

 自分自身に疑問を感じつつも、嫌ではないと感じる自分もいる。

 まだ少しドキドキする心臓を落ち着かせようと深呼吸をしながら、フィアレッタはゆるりと辺りを見渡した。


 思い出すとドキドキするのだから、何か気になるものを見て、違うことを考えていたら落ち着いてくるかもしれない。

 その場から極力動かないようにしつつ、何か面白そうなものはないか――きょろきょろと辺りを見渡していたら、直売所の傍に立っている看板が目に止まった。

 そこに記されている一文が目にとまり、フィアレッタは思わずぴたりと動きを止めた。


 何かおかしなことが記されているわけではない。

 ただ、その一文は今のフィアレッタにとって、非常に魅力的なもので――目をそらせずにいた。


「フィアレッタ嬢、待たせてすまない。……どうした?」


 屋台のほうへ向かっていたジルニトラが二人分のカップを手に戻ってくる。

 不思議そうな声を出した彼をちらりと見て、フィアレッタは緩やかな動きで看板に記されている一文を示した。


「旦那様、これ……」


 フィアレッタの指の動きにつられ、ジルニトラも看板へ目を向ける。


『茶の木の苗木、販売しています』

『お庭にクラシオン茶園の茶の木を植えて、ご自宅でお茶を楽しみませんか?』


 なんの変哲もない、観光客向けの呼び込み文句。

 だが、ジルニトラもそれを目にした瞬間、両目を見開いた。


「旦那様はおっしゃっていましたよね。茶葉の生産を任せる町を増やすのもいいかもしれない――と」

「……ああ」

「不作で悩まされているティムバー、あの村に茶の木を植えれば……!」


 フィアレッタが言おうとしている答えにジルニトラも辿り着いたのだろう。

 ばっと素早い動きでフィアレッタのほうへ振り向き、フィアレッタもジルニトラを見る。

 二人の目が互いの姿を映し出し、はっきりと視線が絡んだ。


「茶の木は妖精や幻獣たちが好んでいる植物の一つ」

「はい! ですから、茶の木を植えたらきっと……!」


 茶葉の生産を任せる町や村を増やしつつ、妖精や幻獣たちを呼び戻せるかもしれない。

 これまではふんわりとしていて、あまりはっきりしていなかった解決方法が一気に鮮明になり、現実味を帯びてきた。


「しかし、今のあの地は植物が育つ力が弱い不作の地だ。茶の木が上手く育ってくれるかどうか――」

「あら、旦那様はわたしが何者であるか、もうお忘れに?」


 少しの不安を吐き出したジルニトラへそういって、フィアレッタはウインクをする。

 彼が抱いた不安を少しでも遠ざけ、吹き飛ばすために。


「最初のうちは、わたしが妖精や幻獣たちにお願いして来てもらいます。実際に茶の木が植えてあるのを見れば、彼ら彼女らも自分たちが好む植物を増やしているというのが嘘ではないと気づくはず。あとは噂好きの妖精たちが広めてくれるのを待てば――」


 妖精や幻獣たちの気質を考えれば、興味を持って自らティムバーへやってくるはずだ。

 ジルニトラの赤い目がわずかに見開かれ、すぐにまた柔らかく細められ、弧を描く。

 フィアレッタもつられて唇の端を持ち上げ、小さく首を縦に振った。


「妖精や幻獣たちの招集はわたしに任せてください。旦那様」


 目に決意を、声に自信を乗せ、フィアレッタは言う。

 少しの間、ジルニトラは無言でフィアレッタを見つめ――やがて、浅く息を吐き出すと、眉尻を下げて口角をわずかに上げた。

 まるで、敵わないなとでも言うかのように。


「……できれば、フィアレッタ嬢には我が家の事情やシュネーガイスト領の事情のことなど気にせず、好きなことをして気ままに過ごしていてほしいのだが……」


 小さな声で呟いたのち、言葉を続ける。

 片手に持った紅茶のカップをフィアレッタへ差し出しながら。


「少し、あなたの手を借りてもいいだろうか。フィアレッタ嬢」

「ええ。もちろん」


 ジルニトラへ即答し、彼の手ごと、両手で包み込むようにしてカップを受け取る。

 あなたは一人ではないのだと伝えようとするかのように。

 シュネーガイスト領という領地の未来を考え、行動しようとしているのは一人ではないのだと少しでも伝えようとするかのように。


「全てわたしがやりたいと思って行動に移していることですから」


 それに、妖精や幻獣たちが絡んだ問題で、わたし以上の適任はいないでしょう?

 紡ぐ言葉は冗談交じりに、けれど発する声は冗談ではないのだと真剣なもので、一言付け加える。

 最後に笑顔でわずかに首を傾げれば、ジルニトラは敵わないとでも言いたげな顔のまま軽く息をつき、フィアレッタの手を軽く握り返した。


「……ああ。頼りにさせてもらうよ」


 とても短い言葉だったけれど、それこそが彼の返事であり、出した答えだ。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る