第27話 戦いを終えて
「お嬢!」
「ローザ!」
呆然と立ちすくむローザリッタに、ヴィオラとリリアムが駆け寄ってくる。
「……ごめんなさい。逃しました」
申し訳なさそうに、ローザリッタは頭を下げる。
最後の最後で虚を突かれ、頭巾の男にまんまと逃げられてしまった。この場で倒せなかったのは手痛い失態だ。
「乱戦だったのだから、しょうがないわよ。それでも、あいつ以外は討ち取った。野盗団は事実上壊滅したわけだし、私たちの勝利と見て間違いないわ」
「いくら強くても、あいつ一人じゃ、どうしようもないものな。遠からず、騎士団に指名手配されるさ。……ところで、あいつはお前の仇だったのか?」
ヴィオラがリリアムに問う。
「遠目から見たけど、違ったわ。まったく、骨折り損ね」
肩をすくめてはいるが、リリアムはどこかほっとした様子だった。まるで、仇敵が野盗に堕ちていないことを喜んでいるかのように。
「何をともあれ」
リリアムはローザリッタに向きなおり、肩を叩いた。
「――初陣、見事だったわ。よく生き残ったわね」
「ああ、そっか……」
やや呆けた顔で、ローザリッタは呟いた。
リリアムの言葉で、ようやく実感する。戦いは終わったのだ、と。
ローザリッタが周囲を見渡すと、あちこちに野盗たちの無残な骸が転がっている。
その数、十五。
首を斬られた者。心臓を貫かれた者。馬に踏みつけられ、頭蓋を砕かれた者。まさに死屍累々という言葉が相応しい、
しかも、戦闘を開始してからまだ半刻と経っていない。
たったそれだけの短い時間に、十五の命が露と消えた。他ならぬ、ローザリッタたちの手で。
(これが……剣術遣いの強さ、か)
ローザリッタは神妙な顔つきで手にした野太刀を眼前に掲げた。骨肉を裂いていたるところが欠けた刀身はべっとりとどす黒い血糊に塗れ、滴ったそれが糸巻の柄にまで染み込むほどだった。
ただのならず者が相手だったとはいえ、ただの一つの傷も負わず、五倍もの数の人間をあっという間に殺し尽くした。長い年月をかけて戦う術を骨身に染み込ませた者の強さは容易く数の利を覆す。常人とは強さの次元が違うのだ。
その気になれば、自分たちは大勢の命を容易く奪うことができるだろう。熟達した剣術遣いは兵器そのものだ、とローザリッタは強く実感する。
「……初めて人を斬った。初めて……何かを守ることができた……」
感慨深げにローザリッタは呟いた。
今宵、彼女は十年間培った技で野盗に
「まあ、村の連中からは何も期待されてなかったけどな」
ちらり、とヴィオラは忌々しげに背後に視線を向けた。
村には相変わらず人の姿が見当たらない。結局、加勢どころか、声援さえ一度たりとなかった。大人も子供も、一様に息をひそめて家に閉じこもっているだけだ。仮に三人の力が足らず、敗色が濃くなったとしても、対応は変わらなかっただろう。
「こんな小娘では信用できないのも仕方ありませんよ。それに、感謝されたくてやったことではありませんから。悪党の手から無辜の民を守ることができた。わたしには、その事実だけで十分です」
ローザリッタは苦笑する。
「それにしても、お嬢。何ともないのか?」
ヴィオラが心配そうにローザリッタを見やった。
「いえ、別に? 心身ともにすごぶる良好ですが。怪我もしていませんし」
「……なんというか、可愛げがないな。生まれて初めて命を奪ったんだ。少しは心に衝撃を受けてもよさそうなもんだが」
確かに、新兵が極度の恐怖と緊張で嘔吐するというのはよく聞く話である。
事実、こんな夥しい数の死体などローザリッタも生まれて初めて見た。
しかし、彼女は実の母を目の前で野熊に食われる光景を直視した経験がある。それに比べれば、名前も知らない他人の死体などただ惨たらしいだけだ。
「器が大きいと見るべきか。それも、戦闘狂の素質があると見るべきか……」
ヴィオラの評に、ローザリッタは不愉快そうに眉を逆立てる。
「む。わたしは戦うために守るのではなく、守るために戦うのです。間違っても、その逆じゃありません。だいたい、ヴィオラだって全然そんな感じしてないじゃないですか」
「お嬢とは年季が違うんだ。新兵じゃあるまいし、今更、人間の一人や二人斬ったところで……なあ、リリアム先生?」
ヴィオラが同意を求めるように、さっきから一言もしゃべらないリリアムを見る。
「…………ごめん。気が抜けた。そろそろ。限界」
リリアムがぷるぷると肩を震わせ、切れ切れに言葉を紡ぐ。
もともと白い肌をしているが、それにもまして病的なまでの顔面蒼白。それこそ、実戦を終えたばかりの新兵のような顔。
「え、ちょ、リリアム?」
予想外の展開に、慌てふためくローザリッタとヴィオラ。
「――おぇ」
二人の目の前で、リリアムは盛大に胃の中の物を地面にぶちまけた。
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