第39話 賑わう宿場町
部屋にリリアムを残したローザリッタとヴィオラは
中央通りに近づくにつれ、すれ違う人が増えてくる。
「ほー、これだけ人が往来しているなら、この先の道が荒廃しているってこともなさそうだ」
「ええ。杞憂で済みそうです」
感心するように唸るヴィオラに、ローザリッタが微笑を浮かべて追従する。
関所の最寄りというだけあって、往来を流れる人々も実に多種多様だった。
荷馬車を引く行商人や、その護衛として雇われた傭兵たち。〈王国最強〉の威光をあやかりに遠方からやって来た流浪の剣客。街から街を渡って生活する旅芸人の一座など、様々な
店先に並ぶ商品もまた、種々雑多な通行人に負けず種類が豊富だった。
旅先での当日弁当としての握り飯はもちろん、肉や魚の乾物や
こういった物資を揃えるのは転ばぬ先の杖だが、あれもこれも買っていてはすぐに所持金が底を尽きるし、荷物も嵩張るばかり。何を、どれだけ揃えればいいのか。その実践的な知識を習得するには、やはり相応の経験が必要だ。
無論、初めて郷里の外に出るローザリッタたちは未収得。なので、本格的な物品補充は彼女の回復を待ってからである。情報収集と買い出しと言って出てきた二人であるが、実を言えば、それは建前。実際のところはリリアムが少しでも静かに休めるよう、外に出たかったというのが大きかった。
「……とはいえ、雰囲気だけで判断するのも危険だし、裏を取りに行くか」
ヴィオラはそう言って、近くの乾物屋の軒先へ足を向けた。ローザリッタも後ろをついて行く。
「よお、売れているかい?」
ヴィオラは軒先に広げられた乾物たちを眺めながら、主人と思しき無精髭の男に話しかけた。
「いらっしゃい。まあ、いつも通りだね」
「売れ筋は?」
「牛の肩肉かな。朝からまあまあ売れているよ」
乾物――特に干し肉は携帯食料の代名詞だ。そのまま齧ってもよし。塩漬けしてあるものなら、水の入った鍋に放り込むだけで適度な塩味の汁物にもできる。それがいつも通りの売れ行きと言うことは、旅行者が滞りなく流れているということだ。
「女の旅行者とは珍しいね。関所越えかい?」
好奇心が首をもたげたのか、店主はじろじろと二人を見つめた。
「ご明察。これから〈アコース〉に行くつもりなんだけど、道は大丈夫かな。そっちから来たお客さんが何か言っていなかった?」
「そういえば、一人、〈アコース〉から来たって言っていた客がいたな。〈シルネオ詣で〉に来たって言っていたから剣術遣いなんだろうね。道に関しちゃ何も言ってなかったよ。もし、街道に何かあったら瞬く間に噂になっているさ。旅行者で成り立っているこの町にとって道の状態は死活問題だからね」
「それは安心したよ。……ところで、干し
「ああ、店の奥のほうにあるよ。一袋でいいのかい」
「二袋……いや、三袋もらおうか」
ヴィオラは干し葡萄が詰まった袋を受け取ると、主人に数枚の銅貨を渡す。
「まいどあり。また寄ってくれよ。あんたらみたいな別嬪さんならいつでも大歓迎だ」
「あいよ。その時はおまけしてくれ」
商品を受け取った二人は店を離れ、再び中央通りを歩き始めた。
「聞いての通りだ」
「はい。リリアムにも胸を張って報告できますね!」
そこまで言って、ふとローザリッタの瞳に心配の色が宿る。
「……リリアムはゆっくりできているでしょうか。やはり、別室にしたほうがよかったのでは?」
当初、事情が事情だけに別々の部屋を取ることも検討したが、富裕層であるローザリッタたちはともかく、庶民にすぎないリリアムには
ローザリッタの言い分に、うんにゃ、とヴィオラは首を横に振った。
「現状のままでいいだろ。むしろ、女性用の大部屋を確保できたのは幸運だ。なんせ、お嬢は不順だからな。いつ始まるか予測できない以上、最初から備えておける環境は従者として安心できる」
「……考えなかったわけじゃありませんが、いざ屋敷の外に出てみると厄介なものだと再認識ますね、月のものというのは」
生理というものは、大人の肉体へと完成していく過程で周期化していくものだが、体質的、または環境的な要因で容易に不順となってしまう。
かくいうローザリッタも健全な成長期を送っているわけではなかった。彼女が本格的に剣術の修練を始めたのはわずか六歳。身体が未成熟な年齢から、常に苛烈な鍛錬を自らに課してきた。その無理が
生家であれば、不測の事態であっても対処できるだろう。しかし、
「……女というのは、つくづく不便なものですね」
嘆息しながら、周囲を見渡す。店にたむろしている客のほとんどは男性だ。その光景は、いかに女の旅が苦難の連続であるかということを雄弁に語っている。
「まあ、だからと言って、武者修行を諦めるつもりは毛頭ないのですが――」
その時だ。
ローザリッタの背筋に、ぞわり、と悪寒が走った。
反射的に後ろを振り返り、鋭い目つきで過ぎ去っていく人の波をじっと見つめる。
「……どうした、お嬢?」
ヴィオラは急に硬直した主を
卓越した武芸者は優れた気配察知能力がある。もし、ローザリッタが感じた気配が殺気の類であれば、彼女に近しい実力を持つヴィオラが感知できないはずがないだろう。慣れない異郷で神経が過敏になっているのかもしれない。
……気のせいか。
最終的にそう結論付けると、ローザリッタはヴィオラに苦笑を向けた。
「なんでもありません。さあ、買い物を続けますよ」
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