第28話 一糸も纏わぬ乙女たち

「――嫌よ」


 リリアムはきっぱりと断言した。


 その響きに込められた意図は明白。

 即ち、断固拒否。決して揺らがぬ鉄の意思がその声には込められている。


「頼む」


 しかし、意志の固さにおいては相手も負けていなかった。ヴィオラは拝むように手を合わせ、リリアムの拒絶に応じない。押しの一手を貫く姿勢。


「嫌よ」


「そこをなんとか」


「嫌なものは嫌」


「そう言わずに」


と一緒にお風呂に入る私の気持ちにもなってくれる!?」


 リリアムはヴィオラへ視線を向けたまま背後を力強く指差した。


 その指し示す先には――のローザリッタが立っている。


 野盗の討伐を終えた後、三人は村長の屋敷を訪ねた。


 詳細な報告をするためというのもあるが、一番は風呂を借りるためだ。


 三人は激戦を潜り抜けた様相――つまり、これでもかと言わんばかりに血や泥、そして吐瀉物としゃぶつにまみれた姿をしており、とてもではないが、その格好で出立するわけにはいかなかった。


 衛生面は旅の道中において最も気を払うべき事柄。


 汚れたままでは何らかの病気にかかってしまうかもしれないし、体が臭うということは獰猛な肉食獣を引き寄せてしまう恐れがある。


 そもそもからして、この村に転がり込んだ理由は野犬から逃げ遂せるためだ。飢えた彼らが三人の追跡を諦めている保証はどこにもない。


 そんな事情を説明すると、村長は快く屋敷の風呂を貸してくれた。


 それどころか宴会の準備までしてくれるという。数刻前とは打って変わった現金な対応だったが、外見だけ見れば小娘三人。まさか本当に野盗を成敗してしまうとは思いもよらなかっただろう。


 ともあれ、血の匂いがしたままでは、せっかく用意してくれた夕餉ゆうげも喉を通らない。


 まずは体の汚れを落とす方が先決。

 湯が沸いたと知らされ、すぐに脱衣所に移動したが――ローザリッタが服を脱いだ瞬間、リリアムが一転して駄々をこねだしたのだ。


「そりゃ、初めて会った時から大きいと思っていたわよ? でも、まさかとは思わないでしょ!?」


「そんな、人を化け物みたいに……」


「ある意味化け物よっ、どれだけ着痩せしてたっていうのよ!?」


 胸甲鎧の曲面形成の具合から、きっと大きいんだろうな……くらいには思っていたかもしれないが、着衣の上からでは正確な体型はわからないもの。いざリリアムの眼前に飛び込んできたのは、彼女の予想をはるかに超えたものだった。


 もともとローザリッタは平均よりも小柄で、顔立ちにも幼さが残る。

 しかし、首の下から重たげに釣り下がっている乳房は小振りな西瓜すいかほどもあり、年齢や体格にまったく比例していなかった。


 それほどたわわに実っていながら型崩れることもなく、むしろ存在感を誇示するかのようにどかんと前に突き出ている。日々の鍛錬によって腰や尻がすらりと引き締まっていることも相まって、視覚的には実態以上に大きく見えるだろう。


 しかも、ローザリッタはそれをまったく隠そうともしていなかった。胸も股間も丸出しである。異性ならばともかく、同性から見られることに対して僅かな羞恥も抱いていないようだ。日常的に視線に晒される貴人であるが故の鈍磨どんま


 が、発育に劣等感を覚えるリリアムからすれば、見せつけられていると感じてもおかしくはない。無論、被害妄想であるが。


「まあ、気持ちはわかるが――」


「わからないでくださいよ」


 ローザリッタの突っ込みを無視し、ヴィオラは続ける。


「あたしはお前らの服を洗濯せにゃならん。染みになる前に、早急にな。特に、お嬢のやつはちょっと高級品だから、洗い方っていうのがあるんだよ。こればっかりは村の人には任せられん」


 ヴィオラの足元に置かれたとうみの籠には、汚れた衣類が押し込まれている。普段の粗野な言動から誤解されがちだが、ヴィオラはれっきとした貴族の館で働く侍女だ。炊事洗濯はお手の物。むしろ専門家と言っても過言ではない。


「お嬢が湯殿ゆどのですっ転んで死んだら困る。誰かについていてほしいが、誰でもいいわけじゃない。お前を見込んでの頼みなんだ。わかってくれ」


「うう……」


 露骨に嫌そうな顔をするが、頼られて断れない彼女の人の良さが透けて見える。その葛藤を、ヴィオラは見逃さなかった。


「――隙あり!」


「うきゃあ!?」


 間の抜けた悲鳴。

 いかなる手妻てづまによるものか、リリアムはヴィオラによって一瞬にして服と下着を脱がされ、になっていた。


「お見事」


 ローザリッタが感心したように唸る。その手際は、彼女の動体視力をもってしても見えなかった。一瞬の早業だ。


「ふっ、悪童時代に取った杵柄きねづかさね」


「どんな悪童よ……!」


 得意げな表情でくるくると下着を回すヴィオラを、リリアムは顔を真っ赤にして睨みつけた。片方の腕で胸を、もう片方の腕で股間を隠し、心許なさそうに両膝をこすり合わせる。膝と膝を突き合わせているというのに太腿に空間ができるあたり、彼女がどれだけ痩身か分かろうというものだ。


「返しなさいよ!」


「嫌だね。その格好じゃ表には出られまい。大人しくお嬢と一緒に入ってくれ」


「くっ……!」


「替えの服は後でもってくるからな。それじゃ、後は任せたぞ。さー、洗濯だー!」


 本領を発揮できるのが嬉しいのか、ヴィオラはびゅーんと疾風のごとく飛び出していった。脱衣所には全裸の少女二人が取り残される。


「……屈辱だわ」


 忌々しそうにリリアムは呟いた。




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