第22話 迫る魔の手
「……どういうことです?」
「この近くに野盗が住み着きましてな。米と酒、金品を差し出せと要求があっております。今夜はその支払日なのです」
「そういうことではありません。野盗が住み着くなど由々しき事態。まして、素直に要求に従うなど……騎士団に討伐を願い出てはいないのですか?」
ローザリッタの主張はもっともだ。
レスニア王国では、各領主の私的戦力の保有が禁じられている代わりに、王都から派遣される騎士団が各地方に展開、有事に備えて駐屯している。
その維持は為政者の責務であり、働きかけを怠らない領主であれば地域の治安は良好に保たれる。
特にモリスト地方を預かるマルクスは、その経歴から騎士団に対して絶大な影響力を持っていた。その娘が一声かければ、すぐにでも駆けつけてくれるだろう。
しかし、老人は力なく首を振った。
「騎士団に知らせれば、村を焼き払うと申しております。御覧の通り小さな村です。やつらが本気になれば、助けが来る前にその通りになりましょう」
「はったりに決まっています。そんなことをすれば全滅するのは彼らのほうです」
「野盗に身をやつすような輩は、命など惜しくはないのですよ。そして、それを惜しんでいる我々は、もしものことを考えれば言うことを聞かざるを得ないのです」
「そんな……」
「支払うものを支払っているうちは、村の安全は保証はすると申しています。いえ、それどころか――」
「他の野盗からも守ってやる、か。賢いやり方ね」
リリアムが言葉の後を引き取り、皮肉気に鼻を鳴らした。
勢いに任せて金品や女を強奪するのは馬鹿げたやり方である。飢え死ぬ寸前まで追い詰めてしまえば、村人が決死の覚悟で反撃してくるからだ。
「規模はどれくらい?」
「支払う米の量から考えても十人前後。二十には届かぬかと」
「でしょうね。それ以上の人数なら、村から連絡を寄こさなくても騎士団が勘づくでしょう。その頭目、わかっているわね」
わざと小規模な集団を維持し、騎士団の警戒網を掻い潜っているのだ。野盗の頭目は随分な遣り手のようだった。被害はそれほどではなくとも、いざ根絶するとなると難しい。
「でもさ、村を焼き払うって言っても、たかだか十人だろ。村ぐるみで抵抗すれば、なんとかなるんじゃないのか?」
ヴィオラが首を捻った。
村の人口はおおよそ百人を超える。若い世代だけ選んだとしても、三十人くらいは集まるだろう。
野盗と言っても、その多くは根性なしだ。むしろ、根性がないからこそ野盗などという安直な道に転じたと言っていい。
気性の問題もあろうが、毎日のように田畑を耕している屈強な男たちが易々と後れを取るとは思えなかった。落ち延びた敗戦国の騎士を、村人が討ち取ったという話も珍しくない。
「はじめは抵抗することも考えました。ですが、やつらの仲間に恐ろしく腕の立つ剣術遣いがいるのです」
ぴくり、とリリアムの眉が跳ねた。
「村一番の腕自慢があっさり斬り殺されました。我らが束になってかかっても、あの男にはかすり傷一つ負わせることはできないでしょう。まして、今は春の農作業が始まったばかりです。これ以上、貴重な働き手を失ってしまえば、どのみちこの村は立ち行かなくなります」
「でも、だからって泣き寝入りなんて……」
「失礼ながら、この村の問題でございます。あなたたちのような若い
老人は深々と頭を下げた。
厄介事の種を蒔きたくないという思いもあるだろうが、見ず知らずの旅人の身を案じているのも確かなようだった。
――理不尽だ。
ローザリッタの胸裏に怒りが灯る。
この人たちが何か悪いことをしたのだろうか。いや、この土地でただ平穏に暮らしてきただけの善良な人々のはずだ。それなのに、村人の一人を無惨に殺され、蓄えを奪われ、これから先、ずっと野盗の跳梁に怯えて暮らさなくてはならない。
この理不尽を野放しにしていいのか。
我が身可愛さで、この人たちを見捨てていいのか。
否。それは、ローザリッタの半生を否定するにも等しい。
「――倒しましょう。わたしたちで」
気がつけば、そんな言葉が口から出ていた。
老人は驚きに目を見開く。
「何を仰られる……! 儂の話を聞いておりましたか、相手は……」
「わかっています。ですが、この村の
老人の視線は、ローザリッタの腰に向けられた。
革帯に古びた太刀が差さっている。
「……旅の御方。剣を
「あたしも反対だ! 危険すぎる!」
ヴィオラは怒気の籠った口調で言った。
確かに、ローザリッタは真の斬り合いを求めて旅をしているが、その初戦が野盗退治のごとき無法の集団戦では、落命の危険が高すぎる。
「いいか、一騎打ちで名を馳せた剛の者でも、乱戦になれば
「かも知れません。ですが、わかってください、ヴィオラ。わたしは十年を賭して剣を学びました。理不尽に抗う術を持たない人たちに代わって、理不尽を斬り伏せるために。もし、我が身可愛さでこの村を見捨ててしまったら、この先、わたしにはいかなる強さも宿りません。ここで戦うのが天命なんです」
「そりゃ、そうだけど……!」
ヴィオラは顔をしかめ、頭を
ローザリッタとは十年以上の付き合いだ。彼女のこういう時の意固地さは、嫌というほど身に染みている。その意志の強さで不可能とされた石灯篭さえ斬って見せたのだから筋金入りだ。
ヴィオラは助けを求めるようにリリアムを見た。リリアムは細い顎に手を当てて、何やら考え込んでいる。
「リリアムからも何とか言ってやってくれ! お前だって反対だろう!?」
「ちょっと待って。今考えているから。……ご老人。一つ尋ねるけど、その剣術遣いはどんな男だった? 歳は? どんな髪の色してた?」
「それが、頭巾で顔を隠しておりまして、人相までは……」
「そ。まあ、それでも可能性は完全に否定できないか。――決めたわ。私はローザに協力する」
まさかの返答に、ヴィオラは目を剥く。
「ありがとう、リリアム!」
満面の笑みを浮かべ、ローザリッタがリリアムの両手を包み込むように握った。あまりにも直線的な好意を向けられ、思わずリリアムの頬が赤くなる。
「べ、別にあなたのためじゃないわよ。これは、私の目的にも関わることで……」
「それでもです! それに、ようやくリリアムの戦う姿を拝見できます!」
「えー、そっち……まあいいわ。それで、ヴィオラさんはどうするの?」
「どうするんです?」
二人から視線を向けられ、ヴィオラががっくりと肩を落とす。
「……従者が主人を戦場に置いてのこのこ帰れるかよ。ここで死ぬか、お館様に殺されるかのどっちかじゃねーか……」
「別に無理しなくても……」
「いや、いい。やる」
ヴィオラはすっかり消沈しているが、異存はないようだった。
「いい加減にしてくだされ!」
苛立ちを含んだように老人が叫んだ。
「女子三人に何ができるというのです! 中途半端に関わってもらっては、かえって災いを呼びまする!」
騎士団に知らせずとも、用心棒を雇ったとなれば野盗どもが激怒するのは間違いない。そうなれば村に対する安全保障は白紙になる。もう放っておいてくれというのが正直な思いだろう。
だが、そんな老人の怒りを受け流すように、リリアムは肩をすくめた。
「仰る通りだわ。私たちが善かれと思って村を守れば、かえって村に迷惑がかかる。だから私たちは村を守らない」
「は……?」
さっきと矛盾する物言い。
その意図が解らず、老人は呆気にとられてしまう。
「あ、そういうことですか!」
「すまん。どういうことだ?」
ピンときたローザリッタが手を叩き、逆にヴィオラは降参とばかりに手を挙げた。
リリアムは不敵に答える。
「さっき言ったでしょ。大人しく要求に従えば、代わりに他の野盗から守るって。だから、私たちも野盗になればいいのよ。そうすれば、村は助けを呼んだことにはならないから」
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