第21話 寂れた村

 街道を反れた三人は、村へと続くやぶに囲われた細道を小走りに駆ける。


 もともとは、村人が農作業の往来で通るだけの村道そんどう舗装ほそうなど望むべくもない。地面を蹴るたびに泥が跳ね、足元はすでに真っ黒だ。


 雨粒が藪をばちばちと打ち据える賑やかな細道を抜けると、茅葺かやぶき屋根の木造家屋が立ち並ぶ、開けた場所に出た。


 目視で確認する限り、家の数はそこまで多くなかった。人口は概ね百人といったところだろう。辛うじて地図に載るような小さな村だ。


 どんどん強くなる雨足、虎の唸りに似た雷鳴から逃れるように、三人は柵の向こうへと転がり込んだ。


「……誰もいませんね。雨が降ってきたから、おうちに入ったんでしょうか」


 外套の頭巾ずきんをめくりつつ、ローザリッタが口を開いた。


 村の広場には人っ子一人見当たらず、村全体が不思議な静寂に包まれている。


「……不審ね」


 リリアムがぽつりと呟く。


「不審?」


「降り出したのは、ついさっきよ。今は田打ちの時期。ローザの言った通り、雨で作業を中断したのだとしても、村道で誰ともすれ違わなかったのはおかしいわ」


「言われてみればな。もう昼餉ひるげ時なのに、水煙すいえんが登ってないのも不自然だ」


 リリアムの言に賛同するように、ヴィオラが頷いた。


 建物の状態を見るに無住むじゅうとも思えない。まるで村全体が何かに怯え、息をひそめているようだった。何か、ただならぬ事態が起こっているのかもしれない。


「……なんつーか、見られている感じはするな」


 周囲を見渡しながら、ヴィオラが怪訝そうに眉根を寄せる。


「私たちを警戒しているのかも。まあ、領土境をうろうろする余所者なんてろくでもないものばっかりだからね。とはいえ、このまま濡れ続けても風邪を引くわ。軒先を失礼しましょう」


 図々しい――と主従しゅじゅうは思ったが、過酷な旅を続けていくには、時にはこういった図太さも必要なのだろう。


 ローザリッタとヴィオラは考えを割り切って、そそくさと移動するリリアムの後に続いて、村の中で一番大きな家の軒先を借りるとこにした。


「……リリアム」


「……ええ」


 手拭いで顔を拭く間の、小さなり取り。

 家の中で、人が動く気配がする。やはり、無住ではなかったようだ。


 様子を窺うことしばしし、静かに玄関の戸が開かれた。


 姿を現したのは枯れ木のような老人だった。

 すっかり禿げ上がった頭と、それとは対照的に滝のように伸びる、豊かな白髭しろひげが印象的だ。


「……旅の御方ですかな?」


「ご無礼をお許しください、ご老公。突然の雨に見舞われたものですから――」


 無断で軒先を借りた釈明しようとしたローザリッタを、老人は片手で遮った。


「悪いことは言いませぬ。すぐにこの村を立ち去りなさい」


「そうしたいのは山々なんだけど、こちらにも事情があってね。雨が止むまで、滞在させてもらえないかしら」


 いま街道に戻れば、追い払った野犬と鉢合わせする可能性がある。そして、今度は撃退する方法がない。ほとぼりが冷めるには、もうしばらく時を要するだろう。


 ちらり、と老人は空を見上げた。


「この雲行きでは、日暮れまで降り続けるでしょう。それでは間に合いません」


「何が間に合わないのです?」


「逃げるのに、です」


「逃げる?」


 老人の剣呑な言葉に、ローザリッタが眉をひそめる。


「日暮れになると、この村に。今からでも遅くはありません。関所に駆け込んだ方がよろしいかと」


 ――野盗やとう。三人の顔に緊張が走った。


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