第24話 作戦会議

「さ。そろそろ作戦会議をするわよ。ヴィオラさーん、もう火付けはいいからー!」


「おー!」


 呼びかけられ、ヴィオラが小走りに駆け寄ってくる。


「野盗の真似事なんてめったにできないからな。張り切り過ぎちまった」


 ヴィオラはさっきまでとは打って変わって上機嫌だった。野盗というよりは、放火魔のような様相であったが。


「そういや、あたし侍女服のままじゃん。これじゃ野盗に見えないよな。やっぱり、野盗らしい格好とかしたほうがいいかな?」


「野盗らしい格好って……どんな?」


「ほら、あれだよ。全身ぴっちりのやつ。市井の絵物語でよくあるじゃんか。思うんだけど、あれって素材は何で出来ているんだろうな?」


 高揚が残っているのか、訳の分からないことを言い始めるヴィオラに、リリアムは呆れ交じりの溜め息を吐いた。


「知らないわよ。というか、それ、野盗じゃなくて義賊でしょ。似ても似つかないわよ。あと、あんな格好するの、私はごめんだから」


「だよな。ああいうのは、胸が大きくないと格好つかないしな」


「そこで蒸し返すの……? ふん、さっきまで消沈していたのに、ずいぶんご機嫌じゃない?」


 リリアムは不機嫌そうにめつけられ、ヴィオラは肩をすくめた。


「まさか。今でも反対だよ。野盗の討伐なんて、落命の危険が高い割に何の名誉もない。お嬢の処女を捧げるには役不足だ。でも、お嬢は意見を曲げないだろ。だったら、もう腹くくるしかないさ。気持ちを切り替えられないままじゃ、斬り合いでは致命的な隙を生むからな」


 おちゃらけた態度ではあるものの、ヴィオラの目つきは戦士のそれだ。

 もうじき命の遣り取りが始まるというのに気後れた様子は微塵も感じられない。本人の言う通り、心構えは済んでいるのだろう。


「一緒に戦ってくれるのは感謝します。ですが……」


 言いつつ、ローザリッタは不満げに眉をひそめた。


「何ですか、処女を捧げるって。ヴィオラはわたしがむざむざ負けて、野盗からはずかしめを受けるって思っているんですか?」


「え?」


「え?」


 お互いに首を傾げる。

 二人の会話は、意図する部分が噛み合っていない。


「言うだろ。人を殺したことがない戦士を童貞とか、処女とか」


「……ああ、そういう意味ですか」


 どんな思い違いをしていたのか、頬を赤く染めるローザリッタにヴィオラがにやりと意地の悪い笑みを浮かべる。


「今から初めての斬り合いだって言うのに、もう手籠てごめにされた時のことを妄想してるなんて、お姉さんはがっかりだぞ」


「してませんってば!? というか、誰がお姉さんですか!」


「はいはい。猥談わいだんは勝ってからにしましょう。作戦を説明するわよ」


 リリアムは呆れ顔で手を打って、話を仕切り直す。


 作戦はこうだ。


 村長から預かった米や金目の物を積んだ荷車を村の入り口に置いておき、そこでローザリッタとヴィオラが野盗たちを待ち構える。


 その間、リリアムは草陰に潜み、待機。

 交戦に入る直前にリリアムが予備の〈犬散らし〉を投げ、先頭の出鼻を挫く。


 注意散漫になったところをローザリッタとヴィオラがすかさず斬り込み、リリアムが退路を断つようにして背後から挟撃――という内容だ。


「ちょっと単純すぎやしないか?」


寡兵かへいでできる策なんて、こんなものでしょう」


 不満げなヴィオラに、リリアムは指を二本立てた。


「私たちに与えられた優位性は二つ。一つ目は、向こうの戦力の把握と、攻めてくるおおよその時間を制御できていること。つまり、余裕を持って相手を待ち受けることができる」


 数で劣る以上、質で勝負するしかない。個々の実力は三人に軍配が上がると思われるが、各々の性能を最大限に発揮するためには精神的のゆとりは重要な要素だ。


「二つ目は、こちら側の戦力が相手に割れてないこと。斥候せっこうを出して各個撃破されててしまえば戦力が下がるし、対策を練っている間に自分たちの取り分を持ち逃げされては困るから、最初から総力戦で来る。向こうは私たちの実態を知らないから伏兵を警戒しなければならないけど、逆にこちらは警戒しなくていいから全力でぶつかれる。これらを最大限に活かしましょう」


 ローザリッタは頷いた。天の時、地の利、人の和を味方につけ、ってしゅうを制す。リリアムの采配はさながら戦場で軍配を振るう軍師のようだった。


「例の剣術遣いと遭遇したら、まず生き延びることを考えて。もし、そいつが私が探している剣士だった場合、。私が駆けつけるまでどうにか耐えるのよ。いいわね?」


 唯一の懸念材料は、村長が語った恐ろしく腕の立つ剣術遣いだ。

 それがどれほどの実力の持ち主なのか、実物を見ないと判断できないが、リリアムは最悪の事態を踏まえて、そう指示した。


(わたしじゃ勝てない、か)


 リリアムにそこまで言わせる剣士に興味がなかったと言えば、嘘になる。

 是非とも手合わせ願いたいが、今は私情を挟む状況ではない。自分たちの命だけでなく、村の命運もかかっている。指示に従おうと、ローザリッタは思った。


「一応、聞いておきます。もし、たおしてしまった場合は?」


 母の敵討ちの役を奪ってしまうことになるが、とローザリッタが言外に尋ねた。


「そんな心配しなくていいわよ。あなたたちのどちらかに倒されるようなら人違いだから。まあ、その場合はただ働きになっちゃうけどね」


 苦笑しながら、リリアムは答える。

 ローザリッタとヴィオラには間違っても斃されることはないという確信。抱いている感情は別にして、リリアムは仇敵の実力だけは疑っていないようだった。


「ヴィオラさんはローザを可能な限り支援してあげてね」


「任せろ。野犬で不覚を取ったからな。その借りはちゃんと返すさ」


「借りを増やさないでくださいね」


「言ってろ。お嬢こそ、いやらしいことを考えて不覚をとるなよ」


「まだ引きずります、それ!?」


 軽口の応酬が飛び交う。三人に気負った様子はない。命の遣り取りを目前にした精神状態としては上々といえるだろう。


「じゃあ、そろそろ配置について。――野盗狩りと行きましょう」

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