第31話 宴会

「うわあ!」


 湯浴みを終え、屋敷の広間に通されたローザリッタは驚きに目を見開いた。その頭にができているのは、湯殿での一件のせいだろう。


「ずいぶんなご馳走ね」


 リリアムも静かに目を輝かせる。

 食卓には豪勢な料理が並んでいた。村の規模を考えれば、祭りや何らかの祝い事でもなければお目に掛かれないような贅沢さだ。風呂まで貸してもらったあげく、ここまでもてなされては、やや気後れしてしまう。


 だが、そんな思いとは裏腹に二人の腹の虫が鳴った。特にリリアムのは雷鳴を思わせるほどだ。激しい戦闘を乗り越えた肉体は速やかな栄養補給を求めている。


「腹が空いておられるでしょう。どうぞ、お食べくだされ」


 村長が喜色満面の笑顔を浮かべながら席を勧めた。


「ですが、ヴィオラがまだ……」


 二人と入れ替わる形でヴィオラが湯浴みを行っている。先に箸をつけるのはいかがなものか、ローザリッタは困り顔をする。


「ご心配なさらずとも、料理はまだまだ出てきますでの」


「……そう言って頂けるなら、お先に失礼しましょうか」


「そうね、冷めてしまうのも申し訳ないものね」


 ローザリッタとリリアムは顔を見合わせると、そそくさと席について、思い思いに箸を伸ばした。


「美味しいですね!」


「本当ね。生き返るわ……」


 湯気を立てる炊き立ての米と麦の混ぜ飯に、色とりどりの豆の煮物。柑橘で香りつけした川魚の酢漬け。根菜の漬物。甘辛いを塗って香ばしく焼いた野禽の肉などに舌鼓を打つ。二人はたちまち笑顔になった。美味しいものを食べるということは、ただそれだけで人を幸せにする。


「お二方、酒はたしなまれますかな?」


 村長の手には徳利とっくりさかずきが握られている。


「わたしはちょっと……」


 ローザリッタは苦笑を浮かべて辞退した。

 ついこの間まで未成年だった彼女だ。飲酒の経験は元服の儀で振る舞われた祝い酒のみであり、それも儀式の一部だから申し訳程度に口をつけただけに過ぎない。酒を美味しく感じるにはまだまだ経験が不足している。


「じゃあ、私は頂こうかしら」


 リリアムは繊手せんしゅを伸ばして、透明な液体が注がれた盃を受け取った。


 上品な仕草で唇をつけ、熱っぽい息を吐く。頬がじんわりと紅潮し、真紅の瞳が潤み出す。生乾きの銀髪とも相まって、妙に艶のある横顔にローザリッタはどきりとする。


「……なに?」


 ローザリッタの視線が気になったのか、リリアムが問う。


「あ、いえ。お酒を飲まれるのが意外で……」


「嗜む程度よ」


「それ、最初に剣術について聞いた時も言ってませんでした?」


 ということは、酒豪と言うことになるのだろうか。リリアムの底知れぬ食欲と合わせて、村の酒蔵が空っぽにならないか心配になる。


「これは本当に嗜むくらいよ。痛い目を見たからね」


「なら、いいんですけど。……それにしても、これからどうしましょう?」


「野盗はほぼ壊滅したと思っていいけれど、最後の一人が気になるわね」


 ローザリッタは口の中のものを飲み下しながら、頷いた。


 ――

 頭巾の偉丈夫はそう言っていた。その言葉を鵜呑みにするなら、また襲撃してくるということだろうか。


「朝一で騎士団に遣いを出して、討伐をお願いするのが一番かしら」


「では、わたしが文をしたためましょうか」


「なに? 騎士団に知己でもいるの?」


「ええ、まあ」


 曖昧に言葉を濁す。

 言うまでもなくローザリッタの父はモリスト地方領主であり、先代の近衛騎士団の長だ。その娘の立場を遣えば、色々と融通が利く。


「失礼いたします。追加のお料理をお持ちしました」


 この村の今後について意見を交わしているところ、静かに扉を開けて初老の女性が新たな料理を運んできた。


 恭しいしぐさで皿を並べている途中、ちらり、とローザリッタと視線が合う。


「……なにか?」


「い、いえ」


 女性は何でもないと言うように表情を取りつくろって口ごもる。


「これだけもてなして頂いているのです。何でも言ってください」


 にこりと微笑むローザリッタ。やや躊躇うように、女性は口を開いた。


「……ローザリッタ様は、女子おなごであるというのにお強いのですね」


「それほどでも。まだまだ修行中の身です」


「羨ましいことです。私にあなたさまほどの力があれば、みすみす息子を失わずに済んだのかもしれませんのに……」


 痛ましげな吐露に、ローザリッタが息を呑んだ。

 村長は村一番の腕自慢が斬られたと言っていた。この女性は、その人の――。


「これ、栓無いことを申すでない」


 村長が女性を嗜めた。


「……失礼しました。ささ、お食べください。すぐに次の料理をお持ちいたしますから……」


 深々と頭を下げ、女性は下がっていく。

 その寂しげな後ろ姿を、ローザリッタは悲痛な面持ちで見送った。

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