閑話 用語解説(無名の堕剣編)

〈最初に〉

 ■ 五十音順に記載しています。

 ■ 解りやすさを重視するために、度量衡および外来語の制限を解禁します。

 ■ 作中と表記や内容に若干の差異があるものがあります。

 ■ 随時更新します。

 ■ ネタバレあり。まずは無名の堕剣編を読むことをお勧めします。



あざける拍子【技】

 我流剣法、堕剣における唯一の術理。

 独特の拍子、癖のある運剣によって相手の呼吸を乱し、幻惑させる剣舞。


 攻撃にフェイントを織り交ぜるという戦術的な駆け引きではなく、ただ攻撃しているだけなのに勝手にフェイントになっているというもので、四戒で言うところの『驚』と『惑』――驚きと困惑の感情を相手に抱かせる。


 正統派剣術で慣らした剣士ほど術中にはまりやすく、適切な判断力の低下、機敏な行動ができなくなり、結果、十全の力を出しきれないまま敗北してしまう。


 対正統派剣士用の粛清技法――いわゆる初見殺しではあるが、逆を言えば正統派ではない剣士にはあまり有効ではない。


 例えば、エリム古流などは、元来が神の如き獣――人間とは異なる思考、倫理観を持った生物と戦うための戦闘理論であるため、相手が何をしてくるかわからないという状態が常。そのためか初見殺しに滅法強いため効果が半減する。


 無銘の剣士が人生の最期にようやく出会えた好敵手が、よりにもよって嘲る拍子の天敵だったことは皮肉としか言いようがない。



■アワノミ【植物】

 雑木林に見られる落葉高木の実。

 その果皮を水に浸けると、ぬめりと泡が出る。


 作中の時代においては石鹸はまだ高価なものであり、農村部では代用可能な天然の洗浄剤として生活のあらゆる場面で使用されている。髪だろうが、体だろうが、衣類だろうが、だいたいこれで洗う。


 現実の植物ではムクロジやサイカチが近いか。

 両者とも果皮にサポニンが含まれており、古来より石鹸の代わりに使用されてきた背景がある。


 余談ではあるが、絹やウールなど素材は石鹸のアルカリで傷んでしまうため、洗濯する場合はこちらで洗浄するほうが適しているらしい。


 第28話において、ローザリッタの汚れた衣類を洗う際にヴィオラが村人に洗濯を任せなかったのは、不適切な洗浄剤で洗われることを危惧したから……かもしれない。まあ、農村に高価なアルカリ石鹸がある可能性は低いだろうが。


 ……待てよ。

 と言うことは、ローザリッタの衣装には絹が使用されているという説があるわけだが、一体どこの部分に用いられているのだろう?


 絹は摩擦に弱いため、鎧下(クッションを目的とした鎧の下に着る衣装)の素材としては不適切に思われるし、紫外線で変色する性質があるので外套などのアウターに使用しているというのも考えにくい。


 絹の特徴と言えばすべすべした肌触り。優れた吸湿性と放湿性。紫外線から素肌を守る性質……うーん。やっぱり下着しかないか。ということで、ローザのぱんつはシルクである可能性が浮上した。



■〈いにしえの信仰〉【文化】

 この世界に広く流布する信仰。

 自然信仰や精霊信仰に近いものとされる。



■〈犬散らし〉【道具】

 旅の必需品。

 野犬は最も身近な脅威であり、戦闘技能を持たない一般的な旅人がそれに対処するために造られた道具。


 卵の殻などの割れやすい容器に乾燥させた香辛料、松脂まつやに毒蟲どくむしなどの粉末を封入し、それを相手に叩きつけて割ることで粉塵が舞う仕組み。


 嗅覚が敏感な動物なら悪臭と粘膜への鋭い刺激に耐え切れず逃げ出すほか、人間相手でも直撃すれば視界を奪うことができる。


 効果の割に製造コストが安いため、素人が振るう刃物より役立つのだとか。



■イングリッド【人物】

 マルクスの妻であり、ローザリッタの母。

 物語開始時点では既に故人。


 重要な役どころではあるが、これまでに名前を出さなかったのは、ただでさえ世界観説明をしなくてはならない始まりの章で、これ以上固有名詞が増やすのもどうかと思ったから。


 没落貴族の出身ではあるが、清く正しい精神と美貌の持ち主であり、また剣客令嬢と呼ばれるほど剣術遣いだったという。


 そんな設定をしてしまったばっかりに、友人から『それだけ強い設定なのに、どうして野熊にあっさり殺されてしまったのか。森には危険な生き物がいるのは常識なのだから、武装してから追いかけようとは思わなかったのか』という指摘される羽目になるのだが。


 一応の返答として、幼い我が子が危険な森に入ってしまったら、装備を整えてから行くなんて冷静な判断ができなくなってもおかしくないし、そもそもベルイマン派の剣士が規格外なだけで、一般的な剣術では野熊に対抗するのは困難であると説明した。納得はしてくれていると思う。たぶん。


 余談ではあるが、このイングリッド女史。

 私の創作史の中では非常に古いキャラクターの一人で、何を隠そう高校時代に遊んでいたTRPGにおける白武のプレイアブルキャラクターだった。


 名前は大女優イングリッド・バーグマンから頂いたと記憶しているが、ぶっちゃけ深い意味はなかったと思う。むしろ、その名を冠するはずだったものの無しになった強化動甲冑パワード・シンクロ・プロテクタが元ネタか。


 バーグマンは英語読みで、ドイツ圏ならベルクマン、スウェーデン圏ならベルイマンと読むそうで、英語を極力使わない縛りに則って、響きが綺麗なベルイマンを採用したという経緯がある。



■貴顕の美【体質】

 血統によって保障された肉体の造形美。

 自分の意思とは無関係に美しく育つ、ある種の呪いのようなもの。何かと美しい人間の血を代々取り込んできた王族や貴族に発現することが多い。



■酒【文化】

 この世界のお酒事情については、詳しくは「ファウナの庭」四章を参照されたし。

 村長が提供した酒は「透明な液体」と表現されているので、自家生産品ではなく、とっておきのお酒(清酒)だったのかもしれない。



しんの穢れはしんの穢れ、心身の不浄ふじょうは刃筋の不定ふじょう【文化】

 験担げんかつぎの一種。

 広く流布する〈古の信仰〉には言霊に類する概念があり、同じ響きを持つ言葉には意味が違っていても見えない糸で繋がっていると考えられている。


 現実で言えば、『必勝を祈願してトンカツを食べる』『受験生の前ですべるは縁起が悪い』などに近いが――ぶっちゃけると、お風呂イベント導入のための設定である。


 余談ではあるが、言葉の響き以外にも、形状が類似するもの同士に対しても同様の考え方がある。


 例えば、資源と女性の美醜。

 山国では多くの山から資源を獲得するため、〈古の信仰〉では山脈は神として信仰される。その山を連想させる巨乳の女性は神に連なるとして、美人と捉える文化が生まれた。


 設定上、美少女であるローザリッタの魅力を説明する際に、作中でやたら巨乳がプッシュされているのは、山国であるレスニア王国ではそういう文化観が形成されているから。断じて筆者の趣味ではない。


 同様に、農耕に適した平野部ではどこかと言わないが平坦な女性が、海洋資源を有する海辺の国では海草を思わせる豊かな毛髪を持つ女性が尊ばれるとか。



堕剣だけん【剣術】

 無名の剣士が独学で編み出した我流剣法。

 嘲る拍子から繰り出される奇怪な太刀筋は、全てが必殺の精度を誇る。

 一般的な術理とはまるで異なる独自の戦闘理論で構成されており、無名の剣士が憧れた正統派剣士から遠のけば遠のくほど鋭さを増す、皮肉極まる性質を持つ。



■無名の剣士【人物】

 領土境に居ついていた野盗団の用心棒であり、始まりの敵。

 天才の素質も適性もありながら、環境に恵まれなかったばかりに魔道に堕ちた剣術遣い。堕剣士とも。


 年齢は二十代後半から三十代前半。ざんばらな黒髪と、鷹のように鋭い瞳。額に大きな刀傷を持った男。普段は頭巾で顔を隠しているが、これは素性を明るみにしないためではなく、まだ己は何者でもないという願掛け。


 農家の末弟であったが、幼い時、剣士二人の決闘に見たことで剣に魅入られて剣士を志すようになる。農作業の傍ら、独学で剣を身に着けた彼は、腕試しがしたいという欲求に耐え切れず、家を飛び出した。


 しかし、我流故に位を持たないので、対戦を申し込んだ道場は門前払い。

 傭兵として何度か荒くれ者を退治したことはあったが、その程度の名誉では名のある剣士と戦うには釣り合わず、断られてばかり。


 ――いつになったら、自分は晴れ舞台で剣を交えることができるのか。


 己が理想とした剣の道から程遠い現実に酷い渇きを覚えていた彼は、ある時、天啓を得た。それが何だったかは壱の太刀で語られる。



野薔薇ハイデンローザ野盗団【組織】

 三人娘によって臨時発足した野盗団。

 ローザリッタは自分の名前の響きが含まれていることに不満な様子。

 まさか、その数十年後に、その名を受け継ぐ剣術流派が生まれるとは思いもしなかっただろう。詳しくは、過去作「せめて炊き立てのご飯を」参照。



薔薇ばら【植物】

 この世界の人類が、食べる目的以外で品種改良した数少ない植物。


 園芸用の薔薇の栽培は繊細で手間暇がかかるため、薔薇園を所有し、管理・維持できるのは王族、貴族の資産力の象徴とされる。


 イングリッドがベルイマンの屋敷に薔薇を植えたかったのは、没落して何もかもを手放さなくてはならなかった生家に対する望郷からだろう。植えたかった薔薇の色が示す意味は、今後語られるかもしれない。



【武器】

 太刀の刀身に彫られている溝。樋を掻く、または突くともいう。

 イメージでは両面一本の棒樋ぼうひが典型とされるが、中には二本彫られているものもあり、その場合は二筋樋と呼ぶ。

 他にも棒樋に添うように細い樋を彫る添樋そえび、刀身の半ばまでしか彫っていない腰樋こしびなど、さまざまな種類がある。


 刀に樋を彫るようになった正確な理由は現代でもよく解っていないそうだが、


 ① 軽量化のため

(樋を彫ることで一割ほど軽くなる)


 ② 耐久性の向上のため

(建築で言うところのH形鋼。左右からの衝撃に強くなる)


 ③ 付着した血を流すため

(血や脂は切れ味を落とすので、溝を伝って血を流す)


 ④ 敵に刺さった刀身を抜きやすくするため

(溝に空気を入れることで、筋繊維からの摩擦を軽減する)


 ⑤ 見栄えを良くするため

(単純にかっこいいから)


 ⑥ 風切音を出すため

(相手を威圧するため、または、自分が正しく刃筋が通った振りができているか確認するため)


 ……などの説があるそうな。


 どれも理に適ってそうではあるが、実際に真剣を振ったことがある人同士でも意見が違うようで、特定は難しいとされる。


 反論の例として、


 ① 一割ほど軽くなると言っても、1kgの刀身なら100g程度しか軽量化できないわけで、そこまで負担軽減になっていないのではないか?


 ② あくまで溝に過ぎず、H形鋼そのものではない。そこまで耐久性は向上は見込めないし、曲がったりよじれたりした場合、溝があることで修復が難しくなるのでは?


 ③ 流れやすくなるということは、間違って手元に流れてきたら、柄が滑るようになって困るのでは?


 ……等々。


 筆者も資料として居合用の模擬刀は持っているものの、本物ではない上に、私自身も武術の経験はまるでないので、そのあたりの実感はさっぱり湧かない。


 別に理由を一つに特定せずとも、それぞれの複合的なシナジーがあったんじゃないか、とは個人的な意見。日本人って多機能が好きだし。


 まあ、そのあたりの真相は将来の専門家たちの研究に任せるとして、作中では④の説をプッシュした内容となっている。


 その割に、作中では突き刺した太刀が樋が彫ってあるにも関わらず、抜けなくなっているが、一応の理由はある。


 旧約を読んで頂いている読者様はお分かりだろうが、ここから先の章でローザリッタが武器離れを覚えないと詰んでしまう展開が待っているため、早期に経験させる必要があったのだ。


 実際、樋を彫ることで、具体的どれくらい抜きやすくなるのだろうか。

 あくまで抜きやすくなる程度なのか、それともめっちゃ抜けるのか、人を斬ったことがない筆者は想像で語るしかない。


 調べたところ、相手の身体に突き刺さったら「手だけで引き抜こうとせず、腰を使って体全体で抜け」や「峰に手を添えて、相手の体内を引き裂くように抜け」などの解説があったので、やはりかなり抵抗があるものと考えられる。


 ローザリッタの太刀に樋が彫ってあったとしても、初陣に際して、心得不足だった彼女が腕だけで抜こうとしたことは十分考えられるため、そこまで不自然な描写ではないと考えるのだが、どうだろう。



■野犬【生物】

 野生の犬。そのまんま。

 この世界において、野犬は『頻繁に遭遇する割に被害が半端ねぇエネミー・ベスト3』に名を連ねる。ちなみに残りはくまはち


 一体ごとの戦闘力はそこまでではないが、知能が高く、社会性を備えるため、多くの場合、3~5体の集団として襲いかかってくるので非常に厄介。


 集団戦術で自分よりも大きな動物でさえ仕留めることもしばしばで、中には囮を使って得物を誘い込み、逆に包囲網に封じ込めるというような、組織的な狩猟を可能にする群れを形成する場合も。


 過去作『ファウナの庭』では、軍事調練を受けた軍用犬が野生化する〈魔犬〉が登場したが、兵器として見ても犬という動物は侮れないスペックを秘めているのである。


 しかしながら、人間社会ではあまりにも野犬被害が頻発していたため、徹底的に対抗策が研究されており、適切な知識と道具があれば何とかなる動物でもあったりする。

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