イケメン皇子が本気を出した色仕掛け 2




「ヤァーッ、ヤァーッ!」


 するどい掛け声をあげ、ムーチェンは一心不乱に稽古している。その横を、ウーシャンは一瞥もせず横切り、まっすぐ武具の陳列棚に向かった。


 武器庫ほどには揃っていないが、ここにも、一応の武器が用意されている。


 剣、長槍、木刀、刀、短剣などが数種類。


 わたしとスーリアンは、正殿の通路側を忍び歩きし、連子窓れんじまどの下に隠れた。

 窓の格子を両手でつかみ、顔をあげて、そっと様子を伺う。


「スー。皇子、全く、やる気がないみたい」と、囁いた。

「僭越にございますが。そもそも、ウーシャンさまに、そのような事をご依頼される方かまちがっております」

「否定はできない」


 ウーシャン、本来の目的を忘れているのだろうか。

 まっすぐに陳列棚に向かうと、剣を手に取り鞘から抜いた。しばらく、刀の重さなど確認することに余念がない。使い勝手まで確かめている。


 いやいやいや、目的がちがう。

 ウーシャン、そこ、自分の鍛錬する場じゃないから。


「ど、どうしよう。スーリアン」

「そ、そうでございますね、シャオロンさま。女性に関して、皇子さまはお世辞にも長けているとは……」と、途中で言葉を濁す。


 せっかくの色っぽい男が、あれでは台無しだ。


 窓際から必死に手を振って、ムーチェンのもとへ行けと促したが気にもしない。

 そういう男だった。あいつは、そういう男だ。


 こちら側をまったく無視して、ビュンビュンと鋭い音をさせ、数本の剣を試している。


 その中の一本が気に入ったのだろうか。剣を鞘に納める。


 寝殿の東側、武器棚の近くで、ムーチェンは槍の素振りをしている。すぐ近くに、めっちゃいい男がいるのに、気にもとめない。


 一方、ウーシャンもまったく無関心で、邪魔にならない中央に歩いていき、立ち止まった。


 アホ、ムーチェンから離れてどうするのよ。

 わたしもスーリアンも、目が飛び出すかと思うほど開いたり閉じたりして、必死に目配せ、『行くんだ!』と合図した。


 ウーシェン、完璧に無視している。

 寝殿の中央で彼は目を閉じた。そのまま微動だにせず、すぅーっと姿勢を正す。


 もともとスラリと背が高く、骨格が整っているから姿勢がいい。背筋を伸ばして立つと、いっそう見栄えがする。

 その立ち姿は彫像のように美しい。

 そこは認める。認めるけど……。

 

 わたしたちの必死の目配せなど、いっそ気持ちいいくらい無視して、鼻から深く深く息を吸い丹田に溜めていた。


「ふぅううううう」と、息を抜く。


 すらりと音もさせずに刃を鞘から抜く。

 刀身がきらりと蝋燭の火に反射する。


 ウーシャンは──、

 息を吐くと同時に右膝をすっと上にあげた。ダンっと床を叩く。あまりに激しい音に、わたしもスーリアンもビクッと身体を痙攣させた。


 もちろん、ムーチェンも彼を見た。


 空気がいっぺんした。


 なにがどう変化したのか説明できない。

 氷が、こなごなに砕け散ったような気合いを感じ、一方で静寂が支配する。


 ウーシャンは右手で剣のつかを持つと、そのまま肘を引き、まるで弓をひくように切先を左手でささえている。刃の先にいたムーチェンが固まった。


 一拍の気合い。同時に左足をさげ、優雅に回転する。

 優雅であるのに、鋭く。鋭いのに、静寂。乱れた髪が彼の後を追って宙を飛ぶ。おくれ毛、ここでもいい仕事をする。


 くるり、くるりと、艶やかに回りながら、目に見えないほどの速さで剣を操る。

 

 あでやかに、滑らかに、剣が身体の一部のように舞うウーシャン。その姿、白龍神が舞っているのか、あるいは、人か。見るものを魅了する剣舞に視線が釘付けになる。


 反則だ。これは反則。全女たちを殺しにきている。


「はあああ〜」と、スーリアンの唇からため息が漏れ、頬を染めた。

「お美しい。お美しいわ、ね、シャオロンさま、お美しい」


 スーリアンの語録は「美しい」に収斂しゅうれんされた。


 そこは、仕方ない。納得するしかない。

 もう、ムーチェンのことなど、どうでもよくなった。ウーシャンの動きを追うことしかできない。


 ひとしきり剣を操りながら舞う。


 止まる、舞う、止まる、舞う。


 優雅な動きに息を詰めて彼を追う。


 タンタタ〜ンと床を打つと、その音を合図に、左手の中指と人差し指を重ね、まっすぐに前に突き出す。右手に持った剣を目に見えない速さで動かす。


 呼吸を忘れた。


 幽玄で鋭い動き。

 呼吸と、身体と、剣が、まさに一体化する。


「スー。あ、あれは悪魔なの」

「いえ、白龍神の化身さまにございますとも」


 こちらを見ると、ウーシャンはニヤリとした。


 そして、最後に──、

 高く天井へと剣を投げる。右手を床につけて身体を回転させ、床に落ちる寸前の剣を背中にまわした手で受け止めた。見てもいない。感覚だけで受け止めた。


 危険すぎる所作だが、いとも易々と行う。

 背後の剣を前にして立ち上がる。まったく息切れもしていなかった。


 衝撃に声も出ない。


 パンパンパンと拍手が聞こえ、やっと我に返った。

 ムーチェンがウーシャンに近づいていく。


「その動きは、南煌ナンフォアン王国に伝わる“白龍神の舞い”、神技だな」


 ウーシャンは静かにほほ笑む。


「お見苦しいものをお見せしました」


 その声は低く乾いている。

 乱れた髪が頬に影をさして、ひときわ美しく輝く。どんな女でも、ときめくだろう。


 口もとにうっすらと笑みをうかべると、彼は言った。


「お教えいたしましょうか」

「あ、あの」

 

 ムーチェンが返事をする前に、彼女の背後に回ると、「失礼」と囁いた。


「槍では、このようにします」


 なに、ウーシャン。その優しげな声は、まるで、愛する女に対するような、その声は。

 彼は躊躇もせず、ムーチェンを背後から抱き抱えるように彼女の槍に手を添え、「力を抜いてください」とささやいた。


 ぎゃって、彼女が叫ばなかったのは奇跡にちがいない。


 ウーシャンは槍を持つ彼女の右手に自分の右手を重ね、左肩を支えた。


「槍を床につけ、ゆっくり円を描きます」


 そのまま背後からムーチェンを抱いた。身長的には、ほぼ同じで無理があるにもかかわらず、凛として背中から手をまわし、そのまま槍で放物線を描く。


「そうです。そのまま、槍の切先を上にあげ、回転させる」


 ひとしきり槍の動きを教えると、すぅっとウーシャンは離れた。


「どうですか」

「軽い動きなのに、槍がさらに自分のものになったようです」


 あちゃ。

 ムーチェンの声が女になっている。男なんて屁とも思ってないような彼女が、まるで好きな男の前ではにかんでいるようだ。


 ウーシャン。

 こいつは、本当に皇子なのか?

 違う、ぜったい違う。天然のたらしだ。ぜったい、そうだ。


「失礼しました。わたしは南煌ナンフォアン王国の第三皇子で、あざなをウーシャンと言います」

フー王国のムーチェンです」

「存じております」


 ウーシャンは、わたしには決して見せたことのない優しい笑みを浮かべていた。


 それ以上、見ていられなくて、スーリアンの袖を引いた。


「行こう」

「でも、皇子さまをあのままにして」

「大丈夫だ。あいつは、天性のだ」

「な、なんでございましょうか。その、とかは」


 スーリアンの袖を引いて、こっそり寝殿を後にした。


 あとは任せた、ウーシャン。




(つづく)

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