最終章 朝堂での政変
王都での歓迎 1
わたしは呆然としていた。
勝った、勝っちまった。
大事なことじゃないけど、もう一回……。
勝ったんだ……。
朱色の鳥居の先で、スーリが
勝ったんだ。
それ以上の言葉がでてこなかった。
「感謝します」
そう告げたウーシャンの声が震えていた。
「帰りましょう。歩けますか」
「うん、歩ける」
『紫菖蒲の間』に戻ると、思っていた以上に、ふしぶしに痛みを感じた。ムーチェンの大剣を受け流しはしたが、身体に負担がなかったわけではない。
あちこちに擦り傷も残っている。
でも、終わった。これで帰れる。本当に帰れるんだ。
「お着替えを」
スーリが、これまで以上に甲斐甲斐しく世話をして、衣服を整えてくれる。
ムーチェンやメイリーンが、どうしているのかも気になった。
メイリーンの国は前回同様に二位になった。これは問題はないだろう。問題はムーチェンだ。前回が一位で、今回は最下位。大丈夫なんだろうか……。
「なあ、スー。負けたムーチェンは国に帰れるのか。あの国の民にとっては痛手だろう」
「その点については、ご心配いりません。儀式の参加者は王家の血族という以外に、年齢も性別さえも機密になっております。誰が参加しているのか、民はもちろんのこと、朝廷の重鎮さえも秘されています。敗北は知らされますが、戦った人を知るのは、ごく一部の王族と信頼のおける使用人だけにございます」
「そんなで誹謗中傷やら噂やら、消えるとは思えないが」
「王族全体としての中傷は、残念ながら甘んじるほかありません。ただムーチェンさま個人にはございません。それに、恐ろしくて口が裂けてもお名前なんて言えません。故意に敗北者を知ることは禁忌、呪われるのでございます」
「呪い?」
「さようにございます。誰もが白龍神の祟りを恐れてございます。敗者の名を知れば、
「わたしのことが、すでに知られているのか」
「当然にございます。わが王国をはじめて勝利を導いた、あなたさまは英雄であり、天女なのでございます。わたくし、そのような方にお仕えできて、末代までの名誉と致します」
か、か、か、勘弁!
なんで、そうなる。
「いや、金貨をもらって帰るんだ」
「なにをおっしゃいますやら、シャオロンさま。あなたさまをひと目みたいと、朝廷の重鎮から民に至るまで、みな胸をときめかせております。その方が、このように美しい方とは。すでに、王宮には、あなたさまを招待したいという嘆願が列をなしていることでしょう。国をあげての慶事にございます」
ちが〜〜〜う。
話が、ぜんぜん違う!
「ウーシャンは、どこよ! ちょっと呼んで」
着替えを終えた頃に、廊下からざわめき声が聞こえてきた。ウーシャンが来たのだろう。彼が来るたびに侍女たちが色めき立つのには、もう慣れっ子だ。
「着替えは終わりましたか」
やはりウーシャンだ。相変わらず案内も請わずに入ってくる。戸口の外を守る侍女たちも、彼の行動を止めない。止める気もないようだ。
しかし、今回は、どこか様子が違う。
部屋の戸が開き、ウーシャンが入ってきた。いつもなら、侍女たちは顔を伏せ彼の動きを目で追うだけで、浮ついた雰囲気は終わるはずだ。
今日に限って、外のざわめきが、まだ続いているのだ。
驚いたことに、彼女たちの視線は、室内に入ったウーシャンになかった。強引に惹き寄せられたというように、別のところを見ている。
奇妙だ。
開き戸はまだ開いている。誰か他の者がいて、その相手はウーシャン以上に侍女たちの目を惹いている。
「それでは、王都に帰りましょうか」
そうウーシャンが話しかけてきたとき、彼の背後から、もうひとりの男が入ってきた。
スーリが口もとを抑え、息を呑む音が聞こえた。
上位の者に対するふさわしい敬意をあらわして叩頭すべきところ、ぽか〜んと口をあけたまま礼儀を忘れてしまった。
老練なスーリには珍しい態度だ。
入ってきた男はウーシャンより額分だけ背が高かった。
ウーシャンに憂いを加えたような顔。
男の衣装も、ウーシャンに劣らぬ贅をつくしたものだ。ただ、白を基調としたウーシャンとは違い、全体に黒っぽい。灰色ががった黒い内衣に、
すらりと均整がとれた歩き姿は惚れ惚れするほど、人を惹きつける。
部屋に入ってきたとき、
顔は男性的だが、骨格が整いすぎているせいで、そこはかとない甘さが加わる。頬に目立つ傷があった。それが、いっそう彼の魅力を引き立てた。
ウーシャンを見慣れた目にも新鮮だ。
身のこなしに品があり、おそらく、この男も王族なのだろう。
誰の視線も奪うにちがいない霊気をまとった稀有な存在。そんな男が、切れ長のすずしげな目で、まっすぐにわたしを射抜く。
この目を知っている……。
男は皮肉っぽく片眉をあげた。
わたしは何度もまばたきした。
心臓がドキドキしてくる。
不精ヒゲがない。髪も整えられボサボサでもない。それでも、これは……。
「シャオロン」
吐き出す息とともに、わたしの名前を呼ぶ。その特徴的な口調。どこか投げやりで、うんざりしたような皮肉な響きがある。あまりにもよく知った声。その声がシャオロンと呼んだ。
強烈な磁石に吸い寄せられるように……、
わたしは、その胸に飛びこんでしまった。
無視してやるとか。
殴りつけてやるとか。
次に会ったときに、やり返す一覧。あらゆる怒りの行動。こんな態度をする前に、いろいろやることはあったのに。
わたしは、その胸に飛び込んでしまい、両足で彼の腰を挟んでいた。
「ヘンス! おまえ、ヘンスかっ!」
「シャオロン」
「ぶっ殺してやる」
あいつの匂いがした。
甘い汗が混じったヘンスの匂い。心臓に脈打つ鼓動の音。なんとも温かく、優しく、ほっとする彼の胸。
わたしは泣こうって思う。
とにかく、泣いてから殴ろうと思う。
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