生き残りゲーム:三人のバトルロイヤル 1



 白い闇なんてものが存在すると、はじめて知った。いや、はじめてではないかもしれない。砂漠の砂塵さじんのなかは、こんなものだ。

 あれは砂粒があたり痛かったが、この白い闇は、ただひんやりとしているだけ。

 

 白い、白い、白い霧。

 東西南北、すべてが真っ白で何もない。前方から聞こえる音がなければ迷ってしまいそうだ。


 足もとを注意して用心しながら先へと進んでいく。


 ピキュイーン、ピキュイーン、ピキュイーン。


 不思議な音が聞こえてくる。

 人工的なものではなく、動物が発するような音色。それが、先に進むほどと大きくなり、逆に進むと小さくなる。

 鳴き声が進む方角を案内しているみたいだ。もしかすると、第二の儀式のように、魔物が出てくるのだろうか。


 前方に赤い壁が見え、左右に広がっている。

 物理的な壁ではな、赤い色をした煙だ。


 女官が言っていた赤い境界線が、これなのだろう。内部に入れば、戦いがはじまる。逆にいえば、この赤い線内に入らなければ、戦えない。戦う必要がない。


 ピキュイーン、ピキュイーン、ピキュイーン。

 わたしを呼び寄せるように、さらに音が大きくなる。


 一瞬だけ迷った。


 わたしを送り出したウーシャンとスーリアンの不安気な顔が浮かぶ。


『感謝しています』と、ウーシャンが言った。

『なに、それ』

『この戦いの結果がどうあれ、あなたの立場からいえば、強制的な参加です。ほかのふたりとは違い、覚悟もなかったのはわかっています』

『金貨五十両だから。金が大事』


 わたしは笑うしかなかった。


 この世界の、それも裕福な王族の立場で、金貨がどういう意味を持つのか実際には理解できないだろう。


 生涯、金貨など見ることもなく生きる貧民窟の者にとって、その価値がどれほどのものかなんて、まったく気づきもしないだろう。


 地位も名誉も、それ自体が贅沢品だ。


 ウーシャンがいう感謝の言葉に、わたしはなんと答えたら正解なのかわからない。

 赤い煙りの中に入らなければ、勝負はどうなるのか? 不戦勝で中の者が勝つのだろうか。

 それとも結果をだすまで、ここに閉じ込められるのだろうか?


「さあ、行こう! シャオロン。これが最後の戦いだ」


 赤い煙りをくぐり抜けると、円形に区切られた空間になっていた。

 なにもない、かなり広い空間で、前後左右、端から端まで走ると七十歩くらいか。


 空を見上げると、どす黒い雲がおおい、今朝方、あれほど晴天だったのに荒れ模様になりそうな気配だ。


 円形の闘技場に入ってすぐ、バシッバシッと鞭が盾を打つ音が聞こえている。


 赤い煙りに囲まれた円の中心で、ふたりの人間が戦っている。巨人のような戦士と、身長だけは負けてない、ヒョロっと背が高い戦士。


 わたしは地面に腰を下ろすと膝を立て、ほおづえをついて戦う二人を観察した。


 小邪鬼と戦う姿は見たことがあるが、個人戦はまったく別物だ。一対一の真剣勝負。


「共闘しようって言ったけどな。なんの相談もなくはじめてるんだ」と、一応、声をかけてみたが、誰も返事をしてくれない。


 返事をする余裕もないようだ。


「お〜〜い!」

「……」

「どっちか、助けが必要かぁ?」


 またも無言。

 戦闘に集中して、聞こえていないのかもしれない。このふたりにとって、倒す相手はお互いだけで、わたしなど眼中にないんだろう。


 つまり、簡単に倒せる相手と値踏みされているんだ。

 まったく、甘く見られたものだ。


 それにしても、ふたりの戦いは、ほぼほぼ互角だった。


 直接、ムーチェンと戦えばメイリーンには不利だと思ったが、あんがいと善戦している。頭脳だけでなく、身体能力も高いようで、なによりしなやかだ。


 ムーチェンの繰り出す剣は重い。

 それを盾で受け流しているが、まともに喰らえば、持ち堪えられない重さがありそうだ。

 メイリーンは、その重量級の力を、受けた瞬間、斜めに逃して耐えている。絶妙な盾遣い。

 流し受けると同時に、足もとを這う鞭が狙う。大蛇が這うように、鞭がしなり、執拗に足を狙う。

 メイリーンもやはり、この儀式のために育てられたのだ。

 決して負けていない。


 ムーチェンの力を削ぎ、彼女の長所であり弱点である身体の大きさを鞭で打ちながら、細かく動く。


 ふたりとも鍛え抜かれた身体を利用した隙のない動きをするが、わずかにメイリーンのほうが早い。


 力と力の真剣勝負。

 見応えがあった。


 これ、いつ決着がつくのだろうか。

 どちらかに加勢したほうがいいのだろうか。


「化け物たちだ。ほんと強い」


 ムーチェンの身体から汗が飛び散り、いや、蒸発していくのが、ここからでもよくわかる。

 と、さらに空気が変化した。

 それまでの戦いから、さらにグレードが上がったようだ。

 熱量を蓄えたムーチェンの身体全体に気が集まる。


「うぉおおお!」

 

 ムーチェンが腹の底から声をあげ、その場で軸足を踏みしめた。周囲に砂埃が舞い、足もとの土がドカッっと削られた。

 恐ろしいほどの気迫。

 熱量。

 まるで、怪物が覚醒したかのようだ。


「メイリーン!」


 思わず腰を浮かし、わたしは叫んだ。


「逃げろ!」


 メイリーンは咄嗟に背後に抜けた。

 空気が振動する。


「ウリャアアアアアア!」


 裂帛れっぱくの気合いとともに、大剣が天から振り下ろされる。見えなかった。いつ大剣が振り下ろされたのか、目にとらえることができなかった。


 大地が振動した。


 背後に下がったメイリーンの身体が宙を舞う。

 くるくると回転した身体は、そのまま空にあがり、地面に叩きつけられた。


「バ、バケモノか……」


 ムーチェンの一撃は人が繰り出すものではなかった。

 第二の儀式前、メイリーンが共闘しなければ勝てないと言った意味を、はじめて理解した。



(つづく)

 

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