生き残りゲーム:三人のバトルロイヤル 2




 ムーチェンの強烈な一撃で割れたのだろう、真っ二つになった盾が地面にころがっている。


 あまりに強烈な打撃だったせいか、あるいは、大剣の切れ味が凄まじかったのか、キンッという甲高い音しか聞こえなかった。


 メイリーンの身体が宙に舞い、無惨な姿で地面に叩きつけられる。

 ビクッ、ビクッと数回痙攣したあと、まったく動かなくなった。

 

 狂気の一撃を与えたムーチェンは、トランス状態に入ったままだ。ぐったりとしたメイリーンの身体に、さらに規格外の力でおそいかかろうとする。


「ムーチェン!」


 反射的に身体が動いた。

 背中に固定した、二振りの剣を抜き疾駆した。


 大剣が意志を持つ。

 ムーチェンの右手は大剣と一体化して、大きく天にのぼって振りかざされる。


 わたしは足から滑り込み、地面に砂埃を上げながらスライディングした。


 二刀を交差させて大剣に合わせる。

 お、重い。

 受け止めるな、流せ! 軌道をずらせればいい。


 交叉した二本の剣に阻まれ、大剣の鉾先ほこさきがずれる。

 それはメイリーンの身体スレスレ、地面につき刺さった。ドコっという恐ろしい音が響き、砂を巻き上げ、穴を穿つ。


「ムーチェン! メイリーンは戦闘不能だ。これ以上、戦う必要はない!」


 ムーチェンはぼうっとした顔で、わたしを見た。

 その目はうつろだ。

 自分の手が作った穴を見て、まったく動かないメイリーンに視線を移した。

 しばらくして、頭をふると、わたしの言葉が聞こえたのか、のろのろと顔をあげる。

 身体中にみなぎっていた殺気が消えていく。


「そ、そうか……」


 彼女は天を仰いだ。


「勝ったのか。おお、おお、白龍神よ、フー王国に永遠あれ! うおおおおおっ! わが王国よ、わたしは勝った」


 いや、そこは厳密に言えば、まだ違うけど。

 ほんと、どいつもこいつも。わたしのことを何だと思っているんだろう。完全にモブ扱いになってない?


 ま、いいか。敵だなんて思われても困る。


 埃をはらい、わたしはメイリーンの横にしゃがんだ。

 地面に昏倒したメイリーンは、ビクとも動かない。


 首筋に触れてみると、脈は弱いが生きている。


 大きく息を吐いた。


 じゃあ、しかたない。やるか。貧民窟で培った戦いの真髄を披露する時がきたようだ。


 なあ、哀れなヘンス。そうだろ?

 幼いころから、ずっとおまえに付いて育った理由だ。

 おまえも、わたしも、哀れだな。


「ムーチェン」

「なんだ」

「まだ、わたしが残っている」


 ムーチェンは奇妙な表情をうかべた。まだ、敵がいるとは自覚できず、驚いているようにも、呆けているように見える。


「そうだった。すまない、シャオロン。どうだろう、ここで諦めないか。大蜘蛛から救ってくれたことは感謝している。だから、おまえまで叩き潰したくはない」

「うん、それはそうだ。叩き潰されたくない」

「点数から言えば、今のわたしは五点でここで一位になれば十点になる。メイリーンは六・五点で。メイリーンの首のペンダントを先に空に放てば、最下位だ。今なら、わたしに負けても三点がもらえる。それを加算すれば、おまえは七・五点で二位は確定する。痛い思いはしたくないだろう」


 まったく、この女。

 わたしが負けると確信している。ま、その確信は間違ってはいないけど。

 虫の息のメイリーンを見た。


 ウーシャンやスーリの顔が目に浮かぶ。


 十二年前の儀式、貧民窟へわたしを連れて逃げたヘンス。孤独に耐えながら、青空も見えない掘立て小屋で、ドブ川を飽きもせず眺めていたヘンス。


 あの男は、どんな気持ちでわたしを育てたのだろうか。

 ありとあらゆる生き延びる術を教えてくれた。『三本からすのヘンス』という異名を持つ男。

 彼は単純に強かった。

 ヘンスなら、このムーチェンを叩きのめすことも可能だろう。


「なあ、ムーチェン。わたしは、クソみたいな貧民窟で育った。あそこはな、ほんとクソな世界なんだ。そこには生きるに精一杯な奴らばかりで、選択肢なんてない。ただ、戦って生き延びる。それだけだ」

「なにを言っているんだ」

「来い! ムーチェン。わたしに勝てると思っているなら、愚かだと理解させてやる」

「そうか。どうしてもと言うなら、行くぞ!」


 先ほどから、天空では黒い雲がわいていた。

 風が吹く。


 遠雷が聞こえ、稲光がした。

 空気に湿気が増している。じきに雨になるだろう。


 ムーチェンの身体に、再び力がみなぎっていく。

 全身が熱を放出して、汗が蒸発する様が窺える。大剣を振りかぶり、素早い身のこなしで襲ってきた。


 速い!


 空が光った。

 落雷した激しい音。


 バリバリバリッという音を合図に──


 ムーチェンは大剣を操り、なぎ払うように攻撃してくる。空気が震え、ヒュンという鋭い音がした。


 なるほど、すさまじい威力だ。

 遠くで見ていたのとは迫力が違う。


 わたしは左右に身体を向け、次の攻撃で、地上スレスレまで背をそらす。切先が鼻のあたりを抜けていく。

 大剣の刃を避け、さらに走る。ムーチェンが追ってくる。


「ちょこまかと、すばしっこい奴」

「だけじゃない!」


 彼女が迂闊に開いた股の間を滑り抜けた。


「え?」


 間抜けな声を聞きながら、彼女の背後から、わたしは全身の力を込めて跳躍する。ムーチェンの背中を踏み台に、トンっと肩にのぼり、両足で首を挟んで渾身の力で締めつけた。


「く、くうう」


 力の限りに首を締める。

 ムーチェンは右手でペンダントを潰されないように守り、左手の爪を立て、足を引き剥がそうと足掻あがいた。


 わたしは、その手を剣で、ざっくりと刺す。


「ぎ、ぐ、ぐ」


 ムーチェンの口から奇妙な声が漏れる。


 落雷が地を揺るがす。

 雨が激しく振ってきた。


 雨と汗と血で足が滑らないよう、さらに締め付ける。


 ムーチェンの顔が青ざめていく。

 左手で抵抗しているが、その手を両刀でさらに切り裂いた。


 雨に血飛沫が吹き飛ぶ。


「ムーチェン!」


 ひと声叫ぶことで、注意を引きつける。トンっと、両足を首から外して肩に乗り、くるっと回転して背後に飛び降りた。

 ムーチェンはたたらを踏み、どしゃぶりの雨に視界を失っている。わたしはその背中に向かって助走して飛びかかり、渾身の力をこめ両足で蹴った。


 ムーチェンの背中が弓反りになり、体勢を崩し、前のめりに、たたらを踏んだ。


 彼女は気づいていなかった。

 すばやく動きながら誘導して、赤い煙の壁のすぐ近くまで追い詰めていたことを。ムーチェンはわたしを侮っていたがゆえに、油断した。たたらを踏んだムーチェンは赤い煙の外へと押し出された。


 オットトトと、境界線から出てしまった。


 雷が鳴った。

 

 赤い壁の外に身体が出た瞬間、フー王国をあらわす赤色の狼煙のろしが天にのぼった。


 フー王国の敗北が決定した瞬間だ。


 雨が降っていた。


 背後を振り返った。

 メイリーンが倒れている。その場にわたしは走った。


「メイリーン、生きてるか」

「……シャ、シャオ……」

「メイリーン、空を見ろ! 赤色の狼煙のろしがあがっている。フー王国が第三儀式で負けた証拠だ。わたしが一位になれば点数的には同列だ。首のペンダントを潰すよ」


 メイリーンが首につけた鎖を握っている。わたしはそれを手の上から握りつぶした。


 北栄ベイロン王国の黄色い狼煙のろしが天に昇っていく。


「なあ、メイリーン。これでムーチェンに勝ったよ。それで、どうする。わたしたちは、まだ戦うのか」

「い、いえ、わたしは、もう、動けない……、肋骨が折れて、い、息も、す、吸えない。あなたの勝利です……」

「では、帰ろう、メイリーン。儀式は終わりだ」

 

 メイリーンの目もとから一筋の涙が溢れた。

 痛みのためか、敗北のためか。死力をつくして戦った者だけが知る、美しい涙がこぼれていった。



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