イケメン皇子が本気を出した色仕掛け 3




 半刻ほど過ぎた。

 ウーシャンは戻ってくるなり、椅子に腰を下ろして額に手をあてている。自分自身を律することに長けた彼にしては珍しい態度だ。


 気落ちしたわけでも、恥じているわけでも、怒りに叫ぶわけでもなく、どこか魂が抜けたような雰囲気。


 ムーチェンを色香で落としたなんて、自覚したくないんだろう。全身で拒否している姿が……。


 か、かわいいかも。


 からかってやりたい。

 悪魔が囁いている。


「へええ、女性に関心なんてないって思ったら。ぜんぜん違う」

「言うな」

「あんなに扱いが上手いなんて」


 ウーシャンが動揺しているところが笑えた。


「シャオロンさま、その言い方は、あんまりに皇子さまに失礼にございます。ウーシャンさまは頑張られたのでございます」

「スーリアン、おまえの言葉のほうが傷つく」

「し、しつ、失礼いたしました。で、出過ぎた真似を。お許しくださいませ。どうか、このスーリアンに罰をお与えくださいませ」


 スーリアンはその場に叩頭した。この王都では、あまりに見慣れた風景。なんなら、他の国のほうがもっと激しい。みな簡単に罰とか処刑とか言葉にする。

 貧民窟で、そんなことを言えば、「ふざけんじゃねぇ」って、間違いなく袋叩きされるんだけど。ここは優しい場所なんだろう。


「ムーチェンは儀式でメイリーンを最初に攻撃すると約束してくれましたから、あとは任せます」

「さすが有能な第三皇子」


 もっと褒めようとしたんだけど、途中で言葉が詰まった。

 わたしは我慢したけど、無理に我慢したけど、結局は、ぷって吹き出していた。

 一度、吹き出すと、もう止められなくて爆笑した。笑いってのは伝染するようだ。スーリアンも肩を震わせながら叩頭している。


「ど、どんな顔で約束を、あははは……。約束って、……ああ、もう、ウーシャン。楽しすぎる。えっと、あのムーチェンに迫られたら、にげ……、逃げられないってば。お、襲われたら……あはは」


 微かに顔をゆがめたウーシャン……、耳たぶが赤くなっている。その顔を見ていると、ちょっと申し訳ない気分になって、笑うのをやめた。


「でも、彼女も利があるから乗ったのよね。わたしとメイリーンが協力したら、さすがにムーチェンも厄介だもの」

「メイリーンの頭脳は侮れません。予想がつかないところがあります。あなたが残ったほうが勝つのは容易だと思っているのでしょう」

「そうか、それは良かった。ねえ、ウーシャン、たとえば二位でも金貨五十両を払ってよ」

「いえ、わたしの多大な犠牲を思えば、二割引です」

「四十両ってこと? 笑ったの根に持ってる?」

「まさか」

「根にもってるんだ」


 それから、わたしたちは次の儀式を予想して、作戦を練った。





 時の流れは早い。

 この世界に訳もわからず連れてこられ、自分の出自を知り、儀式に参加することになった。それに感傷を覚える間もなく、最終戦を迎えている。


 時が過ぎるのが早過ぎる。

 今日が最終日なんて信じられない。


 そうだ。信じられないほど、今日も輝くばかりの晴天だ。


「さあ、行くよ」

「シャオロン。……ご武運を」

「うん、ウーシャン」


 山に入る前に武器庫に案内され、自分たちの武器を選ぶのは、いつもの手順と同じ。


 ただ、今回の武器は少なかった。

 得意な弓が置いてないのだ。


 槍、剣、むち、刀、短刀。

 どの武器も近接用武器で遠距離用の武器がない。

 その代わりに、防具として、さまざまな盾が置いてある。この武器と盾のなかから、二つ選ぶ。


 ムーチェンは最も重量がある大剣と盾を選んだ。彼女の体格でしか扱えないような大型武器だ。

 まったく、岩でも砕く気か。これをまともに受けたら即死するかもしれない。


 メイリーンは、やはり得意な鞭を選んだ。敵に近づき過ぎずに戦うには、良い武器だ。

 防御用に、やはり盾を選んでいる。


 わたしは短めの使い勝手のよい軽めの剣を二本選び、背中に交差するように固定した。防御の盾などは邪魔でしかない。


 今回は圧倒的な体格差と攻撃力でムーチェンが有利なのは間違いない。わたしの身長はそれほど低くはない。それでも、ムーチェンの隣りに立つと彼女の胸あたりまでしか届かず、唖然とする。


 男性としてウーシャンは背が高いほうだと思うが、彼と同じくらいだった。わずかにムーチェンが低い程度。


「第三回は直接対決にございます……」


 いつもの白塗りした女官が宣言した。


「第三回は直接対決にございます。お首にこちらのペンダントをおつけくだしゃんせ。戦闘にて、お勝ちにならしゃったら、相手のペンダントを手でにぎり潰してください。ペンダントが潰れますと、王国の色光が空へと放たれます。最後まで、この印が天に現れず、お残りになった方が勝者にございます。今回の試技、メイリーンさまとシャオロンさまが、二位、一位となった場合は同点。その場合、さらに戦い、先に戦闘不能となった方を敗者といたしゃんす」と、女官が告げた。


 わたしはメイリーンの顔をうかがった。


 彼女の横顔は冷たく、挨拶の言葉さえ無視された。

 わたしとムーチェンが協力すると予想しているのだろうか。

 

 殺気だった雰囲気のまま、瑞泉ずいせん山に向かう。いつも通り、ウーシャンとスーリアンが同行してくれた。


「では、勝利を待っています」


 ウーシャンの言葉にうなづく。彼は耳もとに口を寄せると、早口でつぶやいた。


「必ず無事に戻ってください」

「ムーチェンがメイリーンと共闘しないことさえわかれば、大丈夫」

「その言葉を信じます。シャオロン」


 鳥居の向こうには白い霧がわいていた。


「では、順番にお入りくだしゃんせ。現在、一位のメイリーンさまを最初に、次は二位のムーチェンさま、最後にシャオロンさまの順番です。内部に赤い煙の壁がありんす。それが闘技場の境界線。赤い煙壁の外へ押し出されると失格とならしゃいますから、ご注意ありゃんせ。では、闘技場へと、メイリーンさまからお入りしゃんせ」


 鞭をビュンと一鳴きさせると、メイリーンが入っていく。

 こちらを一瞥いちべつもしない。まだ、相当に怒っているのだろう。入った瞬間、奇襲されないよう気をつけたほうがいいかもしれない。


 メイリーンの姿が霧のなかに消え、しばらくして、女官が白い手がくるりと器用に回転する。それを合図に、ムーチェンが入っていく。


「では、最後にシャオロンさま」


 三回、深く息を吸って吐くと、わたしは鳥居の先へと足を踏み出した。



(つづく)

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