美しい天上の王国と冷たい皇子 4
翌朝、奇妙な鳴き声で目がさめた。
ピィーピィーという耳慣れない音。半身を起こすと、スーリとズースーが「おはようございます」と言って、扉を開いた。まるで、起きるのを待っていたかのようだ。
「シャオロンさま、床でいかがなさったのでございましょう」
「こっちの方が寝やすいから。でね、……ピィーピィーって音が聞こえる? あれは?」
「鳥の鳴き声にございましょうか」
「鳥?」
「空を飛ぶ生き物でございます」
空を飛ぶ? わたしは窓際にかかる透ける白い布を見た。その先には樹木や花が彩る夢のようにカラフルで美しい世界が広がっている。
斜めに横切って動くものがあった。
青い色をした小さな生き物で長い羽がある。
あれが、鳥か。
砂漠に囲まれた
ここは陽光が燦々と輝き、木々の間から光の帯が伸びている。水滴がついた葉を輝かせるさまは、見惚れてしまうほど美しい。
「ご朝食をお持ち致しました。お着替えがございますが、その前にお身体を清潔にいたします」
「いやいやいや、もう、十分に清潔。昨日、風呂に入った。あと数ヶ月はなんもしなくていい」
あの綺麗好きウーシャンが悲鳴をあげるまで風呂なんぞに入らない。
「さようにございますか。では、どうぞ、ご朝食をお召しあがりくださいませ」
白い布で覆われた食卓に、スーリとズースーが食べ物を並べていく。驚いたことに皿がひとつだけじゃない。
美味しそうな匂いで、こいつは腹ペコ殺しだ。並べ終わるまで待ってられずに、ガツガツ頬張った。
「うまい!」
思わず叫んでいた。食べても食べても、胃が悲鳴をあげても、まだ食べたい。夢中になってガツガツ食べていると、頭上から声が聞こえた。
「朝食に満足できたか」
あの男だ。
ウーシャンの白く清潔な
スーリとズースーは、頭を下げて
ウーシャンを残したままで、こいつも一緒に引き取って欲しいんだけど。
「ゆっくり食べてください」
「ゆっくりってのは、この世界の流行なのか」
ウーシャンは前に腰を下ろすと、右頬を引き上げた。
笑っているつもりか。
この男が笑っても笑顔に見えないのは、影があるからだ。それがヘンスの持つ孤独と似ているように感じるのは、なぜだろう……。
彼は右頬を上げたまま、「見られる姿にはなったようですね」とつぶやいた。
「もっと盛大に褒めてもいい。自分でも驚いてるくらいだから。わたしの入った後の湯を見たか。真っ黒になって底が見えなくなった」
「笑ってもいいのか、迷います」
彼は楽しそうな表情をしていた。
「さて、説明が必要ですね。ここは
「あそこと、ここが、同じ国なんて信じないから」
「おやおや眉間にシワがよっています。そんなふうに、簡単に感情をあらわさないことです。あなたは
わたしが感情をあらわしている?
そんなことを考えて生きたことがない。この国は恵まれているだけに、きっと感情を隠せるほど暇な人間が多いんだろう。
「
ウーシャンは、右眉を上にあげたが、何もいわなかった。
「さて、ここにお呼びした理由を知りたいでしょう。その前にまず、この世界の成り立ちから説明しましょう」
「それ、長い話なのか? 退屈な話を聞いてると、すぐ寝てしまって、ヘンスにもよく怒られた」
「起きていてください」
「長いんだな」
「さて、
「山?」
「底辺から逆三角形に広がる山を想像してみてください。その頂上が、この場所です。あなたが育った場所は、山のふもと、北側は崖になっていたでしょう。それは、あの地が山にへばりつくように形成されているからです」
「なぜ、山の頂上は水が豊富なのだ」
「高い位置にあることで気温が下がり、水分が蒸発しないで土地に蓄えられるからです」
ウーシャンには、優雅という言葉が似合う。
「少ない水を争うしかない世界だってあるんだ」
「大事なのは、そこではありません。そもそも、なぜ
両手で顔に触れると唇がとんがっていた。
「わたしは犯罪なんて犯していない」
言い切った。言い切ったけど、それは自分でも嘘だと思った。
「あの場所の住民のほとんどが、過去に犯した罪で
「官吏たちが犯罪者? あの威張りくさった奴らが。じゃあ、ここであんたを殺したら、もう一度、
ウーシャンは、さも楽しそうに笑った。
「あなたの力で、わたしを殺せるとでも」
「うん」
「やめときなさい。わたしほど、あなたの味方になれる者はいません。この世界は
「わたしには関係ない」
「あなたのボスは生きていますよ。会いたくないですか。いや、そんな顔をしても困ります。あなたは学び、勝ち抜くしかないのです。ボスに会いたければ勝ちなさい」
言葉の途中で、つい咳き込んでしまった。食べているものを口から飛ばし、その飯つぶが、ウーシャンの頬にくっつく。彼はハンカチで拭った。
「ごめん」
「いえ、大丈夫です。あとで念入りに消毒しますから」
「ヘンスが生きてるって、ほんとか?」
「事実です」
やはり、ヘンスはしぶとい。
「今日は、ここまでに致しましょう。家庭教師を送ります。彼らについて、まず、文字と礼儀作法を習ってください。そうすれば、少なくとも恥をかかなくてすみます」
「恥? そんなもの、最初から持っちゃいない」
「それは頼もしいことです。一週間後、あなたは行く場所があります」
それから、わたしは手配された家庭教師を手こずらせてやった。
しかし、この生活に慣れるのは簡単だった……。
あきれるほど楽に慣れた。食事や美しい景色や、豊富な水。贅沢に慣れるってのは、本当に簡単だ。
それは、いいことなのか?
なあ、ヘンス。あんたに、この世界を教えてやりたいよ。この飢えや渇きを知らない生活を教えてやりたい。
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