初顔合わせは、可もなく不可も……なくはない! 2



 階段を登ると正殿の扉が左右に開いていく。人形のような女官が、ひらりと手を返して手招きした


 貧民窟で育った癖で、すばやく扉の横に身を潜ませ、内部を伺った。ここは堂々と歩いていくべきだけど。


 なあ、わたしの身体よ、主人を裏切ってかってに動くな。でも習性だから、壁に背中をつけて用心する自分を止められない。


 ウーシャンが、ちらりとわたしを盗み見た。右頬をヒクヒクさせているのは、笑いをこらえているのだろう。


「どうぞ、お入りくだしゃんせ」と、女官が言う。


 節をつけた奇妙な話し方が滑稽こっけいだ。

 がまんすべきだ。笑っちゃいけない。こんなふうに吹き出しそうなのは、たぶん、緊張のあまりなんだろう。


 ウーシャンが目で先に入れと合図している。


 室内へ足を踏み入れると、ウーシャンも左腕を背後に回し、いつもの偉そうな態度でついてくる。


 薄暗い。

 明るい太陽光に目が慣れすぎたせいだ。薄暗がりに順応すると、室の広さに驚いた。

 丁寧に磨きあげられた板張りの床は黒光りし、ほこり一つ落ちていない。

 中央に椅子が円を描くように置かれていた。


 扉前で佇む奇妙な女官以外に……、人がいた。


 わたしの倍もありそうな大柄な女で、右の足首を左の太ももに乗せ、ぞんざいな格好ですわっている。衣装は男もののさんで、簡易な鎧を胴につけていた。

 胸のふくらみがなければ、男だと誤解しただろう。


 冠を頭にのせ、姫君のような格好をしたわたしとは、あまりにも対照的だ。


 女の背後に、細身の男がかしずくように立っている。


フー王国の代表、ムーチェンだ。遠慮せずに、すわりな」


 地に響くような低いガラガラ声は、女っぽさの欠片もない。典型的な戦闘タイプで、まさか、この女が対戦相手のひとり?


「逃げてもいいか、ウーシャン」

「何を今更ですか」

「あの女を見ろよ、ガタイからして違う」

「貧民窟育ちのわりに、闘争心に欠けているようですね」

「闘争心の前に、ボコボコにされそうだもの」


 十八歳から二十五歳までの年齢で選ばれた女性三人が、それぞれ国の代表になると聞いた。


 ガタイのいい女は眉をあげ、両手を上に伸ばして、あくびをした。そして、立ち上がると、首をぼきぼきとまわす。


「ねぇ、すでに、向こうは勝った気で威嚇してる」

「確かに大きい」

「なんだか、楽しそうね、ウーシャン」


 わたしは囁き声をやめて、ムーチェンと名乗った女に近づいた。

 

「シャオロン。南煌ナンフォアン王国から来ました」

「うむ」


 隣りに立つと大きさに驚く。まるで大人と子どものようだ。わたしの顔が胸のあたりで、抱き寄せられたら窒息しそうだ。


 わたしは、すかさず膝をついて彼女をあおぎ見た。


「お姉さま。ついて行かせていただきます」

「おお、そうか、シャオロンとやら。かわいい奴だな」


 貧民窟の掟、その一。

 勝てそうにない相手には、ひたすら追随しろ。


 ムーチェンは、ひざまずいたわたしと、ウーシャンを交互に見比べた。


「なあ、あんたたち出来てるんか?」

「いえ、まさか。この男をご所望でしたら、ムーチェンさまのいかようにも」と、切り返した。


 ウーシャンをかってに売った。このプライドの高い男、内心では怒ったにちがいない。チラリと表情は見たが、いつも通り、すましている。


 ムーチェンは眉をあげ、背後を振り返った。


「そちらの背後にいらっしゃられる方は?」

「これのこと?」


 偉そうな言い方だ。

 背後に控える男は、なにも言わない。この二人の関係では主導権をムーチェンが持っているのだろう。


「はい、お姉さま」

「侍従よ。よく気のつく男だ。そっちはどうだ」

「不本意ながら、まるで気がつかない男です」


 ウーシャンの頬が、あるかないかピクッと動いた。


「あはは。これが終わったら、男の扱いを教えてやろう」


 軽くお互いを値踏みしている途中、新しい一団が入ってきた。ヒョロっと背が高い女で、灰色の襦裙じゅくんを着ている。


 女を先頭に五人ほどの男女が付き従う。

 歩く動作に無駄がなく、女版ウーシャンみたいというのが印象だ。


「二人目の捨て駒が来たか」と、ムーチェンがつぶやいた。


 地味な色の襦裙じゅくん姿が、痩せた身体をさらに細く見せ、人というより妖精のようだった。


北栄ベイロン王国のメイリーンと申します。少し遅れましたか」

「いや、そっちのも、今、入って来たばかりだ」

「そうですか。では、これで揃った訳ですね」

「ああ、揃ったな。メイリーン、噂は聞いたことがある。北栄ベイロン王国きっての頭脳だとか。知っているか、シャオロン?」


 わたしは、跪いたままブンブンと頭を振った。


「そちらこそ、武勇において並びなき方と」

「おう。ワレの名を知らないのが、ここにひとりいるがな」

「それは、また、なぜに国の代表になられたのか。負け続けの南煌ナンフォアン王国は、最初から勝負を投げたのでしょうか」


 そんなもん知るかい。


 いちおう弁解しておくと、貧民窟じゃあ、名前を知られるなんて命知らずな野郎だけだ。本当に恐ろしいのは、誰も知らない、たとえば、ヘンスみたいな奴のことだ。


「あはは、確かにな」


 ムーチェンはおおらかに笑いながら、こちらを振り返る。彼女たちの視線は、わたしを通り越して、露骨にウーシャンに向かっていた。


 そうだった。

 この男、無駄に魅力的なのだ。スーリとズースーも大絶賛していたが、この競争相手も、わたしよりもウーシャンに興味を持っているのだろう。


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