生き残りゲーム:ダンジョン 3
何かが、おかしい。この違和感は何だろう。
そうか、この祠、ここまで歩いたが空気の流れを感じないんだ。
ん?
本当に空気が流れていないとすれば、まさか、ここは閉ざされた空間……、なんだろうか?
指をしゃぶり、かざしてみた。指先がひんやりとするが、風を感じない。
どういうことだろう……。
頭をコキコキと傾けてみた。
発光体として壁に付着した藻のような植物と夜目が効くため、かろうじて先は見える。
どこまでも続く通路の先には絶望的な暗闇しかない。
まるで堂々巡りしているような道に発狂したくなるが。これは本当に一本道なのか。
もし、この先に到達点があるならば、光が見える。風が動く。どのくらい時間が過ぎたかわからないが、一日は歩いている。
足がパンパンに腫れ、身体の疲れは頂点に達した。一歩前に出るのも辛い。
喉が渇いた……。
水が飲みたい。
飲みたい。
常に岩肌に触れて歩いていて……、岩肌のゴツゴツしたものに手がふれた。
まさか、いや、ま、まさか。
「あっ!」という声が思わず口からもれた。岩肌にナイフの傷跡が残っていたのだ。これは……、かなり前に、わたしが傷つけたものに間違いない。
疲れた身体を壁に休め、考えた。
同じ場所だ。
前に来ている。やっと気づいた。
「アホだ。わたしは、やっぱりアホだ」
疲れた。本当に疲れた。今更、こんなことに気づくなんて。最初からヒントはあったのだ。女官は何と言った。
『この場に最初に戻って来た方を第一勝者といたします』
出口があるとは言っていない。それに、あの文字。
『始まりは終わり、終わりは始まり』
わざわざ彫ってあった。
これを入口と出口に置き換えれば、『入口は出口、出口は入口』という意味にちがいない。
わたしはずっと右壁に手を触れて歩いた。
それは、円状に閉ざされた空間を、ぐるぐる回っているだけなのだ。風が動かないはずだ。
「くっそ、やられた」
思わず、悪態をついた。
もう一回だ、歩け、このアホ。
ナイフで岩肌を叩き音を確認しながら、入った場所を探し続けた。
「ここが閉ざされた空間だとしたら、間違いなく入口が出口のはず。それ以外に考えられない……」
時を無駄にした。最初に気づいてさえいれば、この陰気な場所からすでに解放されていたはずだ。
正解を知ったことよりも、失敗を続けたことに絶望してしまう。
だが、まだチャンスはある。
ムーチェンとメイリーンも気づいてないはず……、だろうか?
「でも希望はあるだろう、なあ、ヘンス」
『希望ってのは呪いでしかないんだ。人生ってのは、この希望という呪いに騙されて先に進むしかないのも事実だがな』と、ヘンスは言った。
『希望が呪いって何のことさ』
『自分の頭で考えろ』
ヘンスが何を言ったのかわからなかった。どうせ、意味を聞いても何も言わないだろう。
そうだ、奴はいつも逃げる。
あんにゃろう!
きっと今ごろ、金貨一両をふところに、わたしの苦労も知らず、飲んだくれているにちがいない。
そして、たぶん、死んだ魚のような絶望した目つきで、何も言わずに耐え忍んでいる。
あの男は、なぜ、あんなにいつも絶望していたのだろう。
「くっそ、ヘンス〜! 入口を探しやがれ!」
叫んだとき、カタンと向こうが空洞であることを知らせる音がした。
ここだ!
岩肌に突起があった。この突起は薄ぼんやりとだが、入ったときに見た覚えがある。ただ、似たような突起は多かったから、確信はもてない。
両腕を開いて周囲の藻をさすり、広範囲に光をつける。岩の周りを叩き、音の差を聞き比べた。
先が空洞を示す箇所と、違う場所。音の違いはわずかだが、鋭敏になった耳には聞き分けられた。
ナイフで藻を削って境目部分の岩肌を露出する。
さて、どうやって、この岩戸を開くのだろう。
入ったとき上から下へと岩戸が降りてきた。とすれば、下から持ち上げるしかないのだろうか?
ムーチェンが
あの棍。
今回は、弓よりも岩を叩き崩すような
今を考えろ、わたし!
過去や未来をぐずぐず悩んでも変えられない。努力で変えることができるのは、今しかない。
岩は空気も通さずに閉じている。
下部のとっかかりを持ちあげようとしたが、びくともしない。こんなふざけた仕掛けを作るなんて、どれだけ嫌な奴らだ。
壁と岩戸の間に隙間をつくって、開けるしかないようだ。
ナイフで境目を削り、壁と岩戸の境目に弓矢を刺しこんだ。
もっている弓矢すべてを刺し終わってから、その間をナイフで叩き隙間を作る。
ガツ、ガツ、ガツっという音が洞窟内に響く。削って、削って、削っていくうちに、左側に隙間ができたと思ったとき、ついにナイフの刃が折れた。
右側は矢尻を使い、両手で力任せに叩く。
十二本あった矢が、全て折れた時には、手のひらの皮膚が裂け、血が滴っていた。
隙間から新鮮な空気が漏れ、カビ臭い空気を押し出す。
岩戸のとっかかりを持ち、上に持ち上げた。
ズリっと音がして、下部に隙間ができる。
必死に持ち上げた。
五分の一くらい、持ち上げたときだろうか。かってに上へと岩戸があがる。
岩戸から転がり出ると、外部は入った時と同様に晴れていた。明け方のまぶしい太陽のようだ、目を開けていられない。
ぼんやりと、白い何かが、こちらに近づいてくるのが見えた。
わたしは、つんのめるように出てきたので、身体の平衡が崩れ、その場に顔から転びそうになった。
両手で防御しようと伸ばした手を、誰かが強く引く。
そのまま、抱き止められ崩れ落ちる。
力強く、温かい胸のなかで、わたしは、うわごとのように囁いた。
「も、戻ったわ……」
「よく戻ってきてくれました」
ヘンス。
あんたの声ね。
「ヘンス、この、バカ。あとで殴ってやるわ」
「ヘンス?」
いい匂いが鼻をくすぐる。
声もやわらかく品がよい。そうだ、この場にヘンスがいる訳がない。冬場の寒いときに、胸に抱いて暖めてくれた、あの傷だらけの硬い胸じゃない。
ああ、でも、この胸は暖かい。ヘンスじゃないが心地よい。
それを喜ぶべきなのか、泣くべきなのか。わたしにはわからなかった。
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