生き残りゲーム:ダンジョン 2




 暗闇のなか……、目が慣れるまで、その場にじっとしていた。貧民窟育ちだから、闇には慣れてるし夜目もきく。こんなときは、しばらくじっとして暗闇を支配するのだ。


 すぐ周囲が見えてきた。

 ごつごつした岩場の通路は、先が見えないほど深い。道は左右どちらでも行ける。

 まず右か左か、どっちを選ぶ?


 ヘンスがくれた胸のペンダントをつかんで、目を閉じた。


「悩むな、シャオロン! 右と左? ……どっちにしようかな、くそったれヘンス神の言うとおり。うっし、右だ」


 時間勝負だから、迷っている暇はない。

 もし迷路ならば、常に右壁に触れて歩けば、多少回り道をしても、いつか出口に到達するものだ。


 岩肌には緑色の藻のようなものが張り付き、触れると微かに光を発した。その朧げな光で足下を照らしながら進んでいく。


 ザック、ザック、ザック。

 足音が通路に響く。


 暗く湿った空気はカビ臭く、わたしと違って、王国の清らかな空気になれた者には辛いだろう。狭く暗い場所が苦手なら、さらに恐怖が増す。

 どこかに仕掛けがあるかもしれないし、いきなり魔物に襲われる可能性だって捨てきれない。


 こうした不安はとめどがない。


 目に見える恐怖よりも、見えない恐怖のほうが、より恐ろしいと、ヘンスが言っていた。自分に負けるからだと。


『この勝負で傷を負うことはあっても、死んだ者はおりません』


 ウーシャンのやつ、勝手なことを。死なないとは言ったが、怪我することはあると、さらっと仄めかした。


 弓矢を闇雲に射てみようかとも考えた。いや、無駄なことをして、どうする。


「ムーチェ〜〜ン。闇に負けるなよ! メイリ〜〜ン、怖がっているか?」


 祠に入ったとき、ムーチェンは叫んだ。自分より取り乱している人を思うと安堵できる。

 ムーチェンにとっては屈辱だろうが、王都の近衛隊長といえども、平和な世界の部隊だ。実戦の経験などないだろう。


 左の祠に入ったメイリーン側からは物音ひとつ聞こえなかった。

 ナイフで左右の壁を力いっぱい叩いた。


 ムーチェンもメイリーンもそれぞれ洞窟を歩いているだろうが、左右から人工的な音は聞こえない。ということは、わたしがナイフで叩いた音も相手には伝わらないだろう。


 ただ、微かにパッパキッパキッという音が断続的に聞こえる。おそらく岩が軋む自然音だ。


 どこまでも、どこまでも続く一本路で、永遠に続いているようだ。先が見えない。


 ときに曲線を描き、時にのぼり、時にくだりを繰り返し、ただただ延々とつづく。時間の感覚も方向感覚も失ってくる。

 これが永遠に続くのかと、疑いたくなる。


 薄暗がりの岩の間を終わりも見えずに歩き続ける焦燥感。一生、ここから抜け出せないのではと、徐々に心細さがつのってくる。


「あ〜〜、ムーチェ……メイメェ…」


 喉がかれ声がかすれた。体力を消耗しないよう、ずっと黙って歩いてきた結果で、これはまずいかもしれない。


「ム〜、ムーチェン! メイリーン!」


 もう一度、呼んでみた。

 自分の声が壁面にあたり、むなしく鈍く響くだけ。返事はまったくない。まさか、もう攻略したとか。


 ムーチェンとメイリーンは敵であると共に、同じ試練を受ける仲間にも感じる。


 もう一度、右側をナイフの柄で叩き、ついでに足もとも同様に叩いた。

 やはり、鈍い音が響くだけだ。


 光を帯びる緑色の苔を剥いだ。

 手のひらくらいの苔が落下して、岩肌が剥き出しになる。いったい、これはどういう意味をもつのだろう。


 このまま歩くだけで優劣をつけるのだろうか。


 最初の入り口が左右に分かれていた。あるいは、あの時、左を選べばよかったのだろうか。


 ああ、喉が渇く。

 通路は陽もささず、山の内部だからか、外部よりもひんやりとして空気の流れがない。徐々に体力が削られていく。


 食料も水も与えられなかったから、少なくとも三日以内に出なければ、この場で死ぬしかない。

 貧民窟では、水もなく飢え死にするのは三日というのが常識だった。


 この第一回は持久力を試されているのだろうか?

 わたしより体格のいいムーチェンは、体力もありそうで有利な戦いになりそうだけど。


 過酷な貧民窟で育ったわたし。

 ふたりが育ったような恵まれた環境じゃない。それが強みになるはずだ。


 気力を奮い起こして、再び歩きはじめた。


 この儀式がはじまって百二十年だとスーリアンから聞いた。それまでは領地争いにあけくれる戦国時代だったという。


 王国間で激しい領地争いが続き、国境付近では常に武力衝突があった。もともとは熾烈な水争いだったらしい。


 度重なる戦乱に、それぞれの王国は疲弊し民は飢えた。

 当時は、まだ皇都に帝が住んでいた。人と白龍の血を引く帝は、この争いに心を痛めたという伝説が残る。


 帝は瑞泉ずいせん山の龍神に祈り、戦いを避けるために、この仕組みを創造した。


 以来、王国同士の表だった戦いはなくなり、それぞれの国は繁栄する。

 負け続けている南煌ナンフォアン王国は、水を他国から購入するため国力が落ちたが。


「そんなこと……、わたしに関係ない。ヘンス、そう思うよね……」


 ひとり言に、はっとして目を覚ました。

 ごつごつした壁にもたれ、気絶するように眠っていたようだ。無理な体勢だったためか、身体のふしぶしが痛む。


 たぶん短時間だろうが、爆睡して休息を取れた。


「さあ、やるぞ、シャオロン。あんたは貧民窟育ち、砂漠のシャオロン、黒鴉のヘンスの弟子なんだから」




(つづく)

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