第3章 ダンジョンに挑む

生き残りゲーム:ダンジョン 1




 儀式初日──


 窓から薄くもれる日差しで目が覚めた。緊張しているせいか眠りが浅い。


「しょうがない、やるか!」


 寝台から起き上がると、桐箱に用意された衣装に気づいた。


 淡褐色の短いずぼんに、短めの上着としてしびら

 戦闘にいい動きやすい服装だ。

 昨日のような豪華で華美な衣装だったら、文句を言うつもりだったが、さすがスーリアン。状況を心得た細やかな配慮が頼もしい。


 着替えが終わる頃に朝食が運ばれた。

 スーリアンが傍らでまめまめしく世話をしてくれる。

 わたしは無言で食べ物を口に運ぶ。


 食事の途中でウーシャンが入ってきたが、静かに待っているだけで、何も言わない。


 これくらいの緊張感が戦闘前にはちょうどいい。


 貧民窟でヘンスとともに、縄張り争いに向かったときを思い出す。今回はひとりだが、軽い興奮状態にあるのは、あの時と同じ。いい状態だ。


 陽射しが少しづつ伸び、床を照らす。ウーシャンが口を開いた。


「さて、そろそろ時間です。行きましょうか」

「行こう」


 先頭に、ウーシャン、その後ろをわたしとスーリアンが続き、通路の中途で南煌ナンフォアン王国から付き従ってきた数名の従者が待っていた。


 最初にむかったのは武器庫、黒い板張りの建物の前でウーシャンが告げた。


「好みの武器をふたつ選べます。武器庫には参加者しか入れませんから、ここで待ちます」

「ええ? かってに入ってもいいんじゃない」

「結界があり、参加者以外は戸口を通り抜けません」

「武器はなんのために使うのだ」

「使い道はわかりません。戦闘のこともあれば、違うこともあるようです。儀式内容は知らされないのが規則です」

「では、どんな武器を持っていくかは、賭けだな」


 武器庫の扉は開いている。


 戸口では、いつもの女官が、「お好きな武器をご随意にお選びしゃんせ」と手をひらりと向ける。

 片手で入り口を触れてみたが、なんの抵抗もない。振り返ると、ウーシャンがうなずいている。それが心強く感じた。


 中に入ると、すぐムーチェンの声が聞こえた。


「おお。これは壮観だ。聞いていた通りだな」


 メイリーンも来ており、冷静に並んだ武器を手にとって、使い勝手を試している。


 武器庫の棚には仰天するほど多くの武器が並んでいた。十八般武器のほかに弓や手刀まで揃えられ、壮観というしかない。


 刀、槍、剣、戟、こん、棒、さくとうおのまさかりせんまぐわ、鞭、かんすいまたほこほこなどの、いわゆる十八般武器。

 それに加え、さまざまな種類の弓や手刀まで。


 ムーチェンはこん(棍棒に棘のついた武器)と剣を中心に選んでいる。近距離戦の殺傷能力の高い攻撃型の武器ばかりだ。


 メイリーンはむちせん。自分に敵を近づけずに圧倒する武器を選ぶようだ。


 わたしは得意な弓矢で手に馴染むものを選び、さらに手刀のひとつを取った。


『極力、戦うな。逃げて、逃げて、逃げまくれ。それが、この世界で生き残る方法だ』というのがヘンスの教えだ。


 全員の準備が整うのを見計らって、女官がよく通る声で叫んだ。


「お時間にぃ〜、ございますぅ」


 武器庫を出ると、女官の先導で裏山に向かって歩いていく。ウーシャンたちもついてきた。


 御所の裏には赤い鳥居があり、その先は森になっている。


 鳥居の正面には森を切り拓いた一本道があり、先には朝の日差しを受けた瑞泉ずいせん山が神々しく輝いていた。


 ムーチェンと従者たちが進み、次にメイリーン組。最後にわたしたちが鳥居をくぐった。

 朝陽を受け、皆の影が伸びている。


 先導する女官が立ち止まった。


「これから、第一の儀式をはじめまする。お付きの方がたは、ここまでに」


 女官が告げるのを合図に、山が鳴った。


 ゴゴゴゴゴウという地響きとともに、霊峰瑞泉ずいせん山が左右に開いていく。


 地が揺れ、爆音とともに埃が舞い、立っていることも覚束ない。ウーシャンの手がわたしの肘を支えた。


「ウ、ウーシャン、やっぱ止めるわ」

「金貨五十両です。この勝負で傷を負うことはあっても、死んだ者はおりません」

「さらりと軽く怪我することはあるって、言ったわよね」

「何事にも危険はつきものです。一生涯を遊んで暮らせるほどの財産を楽には得られません」


 勝手なんだから。このガクガクする足の震えを、どうしたらいいのよ。


 轟音が止み、山が開くと三つのほこらが見えた。

 一番右の位置にあるほこらが、もっとも斜面の低い位置にあり、最も高い位置にあるのが左の祠だった。


 これは別々に行動しろということか? たとえ敵だろうと、一緒のほうが心強いこともある。


 ウーシャンを振り返ると入口の上部に書かれた文字を読んでいた。


『始まりは終わり、終わりは始まり』


 どういう意味なのだろう。


「では、お一人づつ、好きな入り口をお入りくだしゃんせ。選ばれた聖なるほこらに入りゃんすと、岩戸が閉じます。それが儀式のはじまり。祠に入り、最初に戻って来た方を第一勝者といたします」


 戦士ムーチェンが腹の底から奇声をあげた。


「行くぞぉ!」


 入り口は三つ。どこを選ぶかで運命が変わるのだろうか、それとも、どれも一緒なのか。


 わたしは真ん中の入り口に向かって通路を猛ダッシュした。あとをムーチェン、メイリーンの順番で走ってくる。


 足の速さには自信があった。


 ふたりを制して真ん中のほこらに飛び込んだ。中心なら、左右から競争相手の動向が窺える利点があると思った。


 背後の岩がガタンと音を立てて閉じる直前、声が右側から聞こえてくる。


「うおおお、真っ暗だぁ!」


 ムーチェンだ。右の祠を選んだのだろう。ということは、左にはメイリーンがいるはずだ。


 大声のあと、つづいてカキン、カキンと騒々しい音がする。

 剣を振り回しているのだろうか。おそらく、入り口付近に仕掛けはないか、あるいは敵の襲撃を防御しようとしているのか、しかし、それは無駄な動きだと思う。


 こういうときは体力を温存するべきだ。貧民窟で無駄に体力を使う愚かしさを教えられた。


 それにしても暗い。

 岩戸が閉じると足もとさえ見えない暗闇になった。




(つづく)

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