生き残りゲーム:森のサバイバル対決 6




「さあ、出発しましょう」


 メイリーンが立ち上がる。

 白い朝靄あさもやのなか、よいしょって声にこそ出さないが、そんな様子で起き上がっている。

 短い付き合いだが、メイリーンはスイッチが入るときと、そうじゃない時の差が激しい。そうやって最小限の力で体力を温存する方法は合理的だ。


 自分の意思を押さえ、やるべきことを淡々とこなす。

 厳しい修行を乗り越える苦行僧のように、ひたすら生真面目に生き続けてきたのだろう。


 切れ長で一重の細い目にやや長めの顔つき。もともと物静かな性格にちがいない。

 山は神秘的な朝を迎え、そんな朝が彼女に似合っている。


「じゃあ、行こうか」


 強いて明るい声を出した。

 彼女は無言で先をいく。


 わたしは逃亡が可能ならしたいのは、気前のいい王弟がくれた金貨を隠してあるからだ。

 あれ、二回数えたけど、まちがいなく金貨三十五両あった。ウーシャンよりケチ臭いけど、そんなことはどうでもいい。


 最下位になっても、金貨が残っているから心強い。


 とりあえず、第三の儀式を終えるまで、無事に生き延びよう。

 終われば、金を持って逃げても誰も文句は言わないだろうし、言われても、問題なし。


 これがわたしの戦法だ。我ながら、うまい手だと思う。


「行きませんの?」と、メイリーンが呼んでいる。

「あっ、すぐ行く」


 寝袋を片付けた背嚢を背負い、山道に入った。雲がかかり視界は悪い。すこし肌寒くもある。

 一晩を過ごした岩場までの山道は、左側が絶壁で右が樹木が生い茂る森だった。岩場から山道に入ると左も樹木になり、完全に森のなかを歩くことになった。


「ムーチェンが先に行ったのに、あわてないんだ」

「その必要はないと思います。この上で試練は必ずありますから、それを先攻として戦ってもらいましょう。おそらく、ひとりで勝つのは無理でしょう。彼女は武功自慢ですが、自分を過信し過ぎています。焦ってもいるのでしょうが」


 冷静で賢いメイリーン、おまけに妹を気遣うかのように優しい。姉がいたら、こんな感じなんだろうか。


「シャオロン。ここからは、お互いに助け合いましょうね」と、にっこりほほ笑む。


 その完璧な笑顔、裏がありそうで、ちょっとだけ怖いけど。

 いっそ、敵意剥き出しのムーチェンのほうがわかりやすい。


 太陽が真上にかかり、昼時になってもムーチェンに追いつけなかった。

 

 頂上は見えない。視界を木々によって遮られているからで、距離感もつかめない。


「このまま歩き続けて、夜になっても追いつかなかったら」

「それは、それで、仕方のないことです」


 メイリーンは取り乱すことがない。


「が……、あ、ほら、聞こますか? やはり予想通りの展開になっているようです」


 最初は、かすかだった。

 ゴソゴソという音と興奮した叫び声。

 間違いない、ムーチェンが何かと戦っているのだろう。しかし、戦いの音というには奇妙だ。


 ムーチェンの武器はこん。予備に剣を持っているが、どちらの武器を使うにしろ、もっと激しい音がするはずだ。こんなこもったような鈍い音にならない。


 しかし、聞こえてくるのは鈍い音だけ。

 メリメリとか、ムシムシとか。中途半端に鈍い音で、なぜか鳥肌が立ってくる。


「な、なんの音?」

「わかりません。ただ、戦っているにしては奇妙な音ですね」


 用心しながら進んだ。そのうちに音がやんだ。


「聞こえなくなりましたね」

「うん」


 静かだった。虫の音も鳥の鳴き声も聞こえない。

 しんと静まっている。


 しばらく、歩いた時だった。

 

「あの……」

「なんですか」

「音が聞こえる」

「音?」

「奇妙な、軋むような。なんの音か、わからない。聞こえない?」


 メイリーンには、この微かな音が聞こえていない。あきらかに、これは自然の音ではない。


 足もとは乾いた土で、歩けば地面の枯れ枝を踏み、パキパキという音が、その微音を消してしまう。


「音を立てないほうがいいかも」


 貧民窟ひんみんくつで培った、危険を察知する能力。無意識の領域で、危険信号がキンキン鳴っているから、用心するしかない。


 メイリーンに手で合図して、山道から外れ藪のなかにわけ入った。

 ゆっくりと音のする方角へと進む。


 白いものが見えた。木の緑や土色しかない場所で、この不自然な白は違和感しかない。


 山道が白い幕で閉鎖されていた。それも、壁ではなく、よく見ると両側から伸びた白い糸のようなもので、遮られていた。


 メリメリとか、ムシムシという音はそこから出ていて、音がするたびに白い壁のようなものが揺れている。


「ひっ!」


 メイリーンが奇妙な悲鳴をあげ、口を手で押さえた。顔がみるみるうちに青ざめた。


「どうした……」


 言葉の途中で口を押さえられた。

 彼女の指が、ある一箇所を指さしている。その指の先を見つめる。


 表からは見えなかった。

 裏だ、裏にいた。

 極彩色のあでやかな胴体を持つ大型の蜘蛛が、白い糸を操り出して忙しそうに作業している。


五毒蜘蛛ごどくぐも

「なに、それ?」

「最も凶悪な毒を持つ大蜘蛛です」


 メリメリ、ギシギシっという音が大きくなった。

 白い糸に絡め取られた何かが抵抗しているのだ。


 その周囲を注意深く伺った。


「そっと相手に悟られないように逃げましょう。餌に夢中だから、逃げられます」

「わ、わかった」


 わたしは視力がいい。貧民窟は全体的にいつも暗く、この世界の明るさでは、より視力がよくなる。


 ああ、もう、だから、気づいてしまった。

 気づきたくなかったけど、無視したかったけど。


 道を隔てた向こう側、そこにムーチェンのこんが木の幹にささっていた。


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