生き残りゲーム:森のサバイバル対決 5




「神聖な儀式に、代表として選ばれたことを誇りに思っています」


 ぽかーんとして馬鹿みたいに見つめたにちがいない。

 マジか、メイリーン!

 信じられないんだが、本音だとしたら、ほんと驚く。疑うこともしない思考、こうした思い込みとか、思い込みとか、思い込みとか、ほんと怖いな。


「主筋ではなく傍系である、わたしが選ばれたと知ったときの感激は……、今も忘れ難いものがあります。わたしの王国では、この儀式で勝つために育てられた三人の候補者がいましたが、わたしが選ばれました。選ばれなかった者のために言えませんでしたが、誇りに思っています」

「じゃあ、この仕組み自体をいいと思っているの」

「どういう意味でしょうか? 国同士の争いで多くの人びとが亡くなり、国土は荒れました。この儀式により無駄な争いを解消したのです。王家の者は国に尽くすことが使命ですが、そのことを言っているのですか?」

「いや、あの、何ていうか。なんでもない……」


 ずっと逃げようとしていたなんて、言える雰囲気じゃない。そんなことを言ったら、鞭でおしおきされそうだ。


「儀式によって王国同士の争いは本当になくなったの?」

「争いがないわけではありませんが、ただ、国土が荒れるほどのものではなくなりました」

「まったく疑問を感じないんだ」

「疑問ですか? この儀式は神の御業みわざですから。宗教的なものでもあるのです。白龍神さまに逆らえば、国に災いが起きると言われていることを、あるいは知らないのですね。でも、恥じる必要はありません。育ちから想像すれば、致し方のないことです。恥じる必要はありませんよ」


 そこ、二度も確認しなくていいんだけど。そもそも恥じてもいないから。メイリーンの感覚では、恥じるべきなんだろうが、それを言っても、きっと平行線になるだけだ。

 やめとこ。

 瑞泉山や白龍神への特別な信仰もない、なんて、言えない。

 山が十二年に一度、開くというのも不思議な現象だし、それに、水の配分が、この結果によって決まるなんて。

 王国の人びとは、白龍神という便利な言葉で納得しているみたいだけど。


 それとも、本当に白龍神がいるのだろうか。


「“それは神の御業みわざ、われらの目には驚くべきこと”。これが儀式について語られてきた詩篇百二十三番です」


 まったく、ここの人間には驚かされるばかりだ。それとも、驚く自分が変なんだろうか。


 ただ、これだけは確信した。

 メイリーンとムーチェン、どちらも最下位になれば、その後、まともに生きていけるのだろうか。


 勝てば英雄、敗ければ罪人だ。


 王族に課された、このくびきは、あまりにも無慈悲で、なんと過酷なんだろう。


「なあ、メイリーン、もしもだよ。もし負けたら、わたしの家に来い、ボロ家だけどな楽しいぞ」

「もう、寝ましょう。明日は、さらに厳しい試練が待っています」


 無視された。

 焚き火に照らされたメイリーンの顔は、炎を受けて限りなく哀れに見えた。そう思うのって変なんだろうけど……。


 ま、いいか。





 ごそごそという音で目覚めた。

 貧民窟で熟睡することは、あまりなかった。ヘンスの横で眠るとき以外、わたしの眠りは浅い。今もそうだ。


 だから、ムーチェンが寝袋をたたみ、そっと足音を忍ばせ出発しようとするのを、薄目で見ていた。


 第一回が零点だった彼女は、なんとしても、この二回目で一位を取らなければならない。二位だった場合、三点。

 メイリーンが再び一位を取れば、儀式で一位を取れる可能性はなくなる。

 第二回、第三回に一位を取って、なおかつ、メイリーンを一回でも最下位に落とすしか優勝するチャンスはないのだ。

 

 これはメイリーンを起こすべきなのか。それとも黙って行かせたほうがいいのか。

 巨人のような身体をそっと動かして、ムーチェンは持ち物を抱えると、こんを背に山道を登っていく。

 うっすらと漂う白い朝霧に、彼女の姿はすぐ視界から消えた。


「行きましたか?」

「起きてたの、メイリーン」

「当然です。彼女は抜け駆けせずにはおれませんから。きっと先に行くと思っていました」

「なぜ、止めなかったの? 負けるつもり?」

「あなたこそ、どういうつもりですか」


 焚き火は消えていた。

 崖の向こう側から薄陽が差し始めている。空気が冷え、もやが立ち、夜にはわからなかった雄大な景色に息をのんだ。


「貧民窟は、いつも砂にまみれていて太陽も見えない。遠くの景色が拝めるなんて、しばらく、ここに住みたいくらいだ。神々しいまでに美しいな。こんな景色も見ずに立ち去るなんて」

「まったく、あなたは、シャオロン」

「いいのか、先に行ってしまったよ」

「気がせくばかりの愚かな選択です。必死なのでしょうが、昨夜もあまり眠れなかったにちがいありません。三日分の食糧を渡されたのには理由があると思います。逆に斥候せっこうを務めてもらいましょう」


 この女。やはり賢い。

 昨日のような小邪鬼が出てこないなんて保証できない。いや、間違いなく、それは現れるだろう。


 そのとき、先に戦って勝てると考えたムーチェンは、自分の力を過信しすぎているようだ。


「そろそろ、わたしたちも出発しましょう」

「一緒でいいのか」

「儀式前に申し上げました。わたしは二位でもかまわないのです。第二の儀式、あなたが一位を取る手助けをしましょう。その代わり、第二位になるよう、わたしの手助けをしてください」


 この女がどういう計算をしているかわからないが、しかし、今回、わたしが一位を取れば、どうやってもムーチェンは最下位にしかならない。

 一方、わたしたちは、八点の同点で第三の儀式に向かうことになる。


 この儀式のために育てられたメイリーンは、やはり策士だ。


(つづく)

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