生き残りゲーム:森のサバイバル対決 4



 山道は暗く、どんどん険しくなるばかり、息が切れ心臓に痛みが走る。一歩前に足を進めるだけで辛くなった頃には、なんだか、すべてがどうでもよくなっていた。


「ハアハア……、なあ、坂がきつすぎないか」と、ムーチェンが最初に音をあげた。


 誰も答えない。

 声を出すのも辛いからだ。


 道の左側は山の外縁部で切り立った絶壁。右側は樹木が覆い茂っている。月明かりと松明で道を照らしながら歩いているが、少しでも左へ外れて足を滑らせれば、おそらく、斜面にそって滑落するだろう。


 暗闇で視界が悪く、道に伸びた木の枝で皮膚が傷つき、突き出た岩や石に足を取られる。とくにムーチェンは先頭を歩き、身体も大きいから被害が多い。「うっ」という声がときどき漏れてくる。


 わたしたちは儀式の競争相手ということを、一旦、置いた。いや、置いたと思っているのは、わたしだけかもしれないけど。


「いい場所があったら休みましょう。このままでは大惨事になるかもしれません」と、二番手を歩いているメイリーンが息を整えてから、妥当な提案した。

「小邪鬼のことを考えても、この先、どんな罠があるのか検討もつきません。そう思いませんか?」

「十二年前の儀式は、どういうものだったの?」と、わたしは聞いた。


 わたしは三人の間では末っ子のような立場になる。年齢的には、おそらくムーチェンが一番年上で長女、次女がメイリーン、そして、わたしが末っ子。


 これは貧民窟にいた時もで、末っ子はわたしの定位置だった。


『おまえは賢いのか、バカなのか、よくわからんから。みなおまえの世話をしたがる。それは、しかし強力な武器だな』と、ヘンスが言ったことがある。


「今回、配布された簡易食料は三日分ですね。第一回を考えれば、それ以上になる場合もありますから、一概には言えないでしょうが。とりあえず、夜道は危険です。三日分の食料から考えても、あと一回か二回の試練が用意されていると予想できます」

「そうか」


 松明で周囲を照らし、焚き火ができそうな空間を探してみたが、細い道が続いているだけ。鬱蒼うっそうと生える木々の間にわけ入るのも危険だ。どこに罠があるかわからない。


「適当なところまで、歩くしかないけど。もう限界だ」

「シャオロン、おまえ、一番若いだろう。ハアハア」

「一番、若くても二、三歳のちがいじゃないか。限界だ、限界だ、限界だ、げ・ん・か・いだぁ!」

「メイリーン、最後尾のバカを崖から突き落とせ!」

「そうですね。もう一回、限界と言ったときは、そうします。ハアハア」

「冷たい姐さんたちだ」


 しばらく歩くと、視界が開けた場所に到着した。崖側に突き出した岩場だ。岩場から向こう側は、底なしの暗闇しか見えない。

 月が山に隠れ、降るような星が綺麗に見える。


「ここなら、焚き火をしても森を燃やすことはない。休もうよ」


 わたしの言葉に、ふたりは黙ってうなずいた。体力が削られ話すことも辛くなったのだろう。

 ムーチェンはドスンと音を立て倒れるように、その場に大の字になった。

 メイリーンは、両手を膝においてすわり込んだ。背嚢から水を取り出して飲み、疲労困憊という様子でうなだれている。


 わたしは小邪鬼と直接戦っていないので血も流さず、避難しているとき木の枝で眠ったので、体力はまだ残っている。


 周囲から枯れ枝をかき集め、石を拾い、簡易的な焚き火を作った。

 ヘンスとともに、何度もした作業だ、なんてことはない。


 その間、ふたりは休んでいた。


 焚き火がパチパチと燃え上がり、「食事をしてから寝ろよ。明日が辛いぞ」と、言うと、ふたりとも仮眠だったのか、起き上がって、背嚢から出した簡易食を口にする。


 わたしの想像だけど、このふたりは、お互いにぬけがけを牽制して熟睡できないようだ。


 眠るべきなのだが、誰も寝ようとしない。

 わたしは寝袋をだし、焚き火の正面に位置取った。


「焚き火はいい」と、ムーチェンが独り言のようにつぶやく。


 両手を頭の下に組んで夜空を眺めていた。


 それは綺麗な星空だった。

 夜空いっぱいに輝く圧倒されるような星々。たぶん、ぽかーんと口を半開きにして、すごく間抜けな顔をしていたと思う。


「ありがとうよ、全部任せちまったな、シャオロン。おまえの呆けた顔を見ていると、なんだか癒される」


 ムーチェンはしんみりと失礼なことを言っている。


「こんな関係じゃなければ、妹にしたいぐらいだ」

「妹がいるのか?」

「いや」と言って、しばらく黙って、わたしの視線を追って星を見つめた。


「わたしは男兄弟ばかりの間で育ったのだ。自分の性が兄弟と違うと知ったとき、衝撃だったくらいだ」

「男だと思っていたのか」

「ああ、そうだ。ずっと男だと思っていた。いや、男になりたかった」


 ムーチェンは、唇をパンッと鳴らした。そうして、まるで照れ隠しのように顔をそむける。

 暗闇は人を無防備にさらけ出す。そうだ、こんなふうに何夜も何夜も、ヘンスと過ごしていた。

 ヘンスは、けっして何かを語ろうとはしなかったけど。


「大人になるにつれ、胸がでっぱるとか、腰がくびれるとか、吐き気がした」

「女が嫌いなのか」

「いや、女は好きだ。自分が女であることに違和感しかない。女はいい。おまえを襲いたくなるぞ」

「ちょ、ちょ、ちょ、待って、待って」


 ごつい顔を天に向け、ムーチェンは豪快に笑った。


「なぜ、この戦いに来た。貧民窟で育ち、儀式のことなど、まったく知らなかったと聞いた」

「わたしは……、別に来たかったわけじゃない。育ての親に売られたからだ」

「貧民窟で育ったという噂は真実なのですか? 王家の血筋につながるものが、また、どんな理由で」


 それまで、黙っていたメイリーンが会話に加わった。


「ああ、本当だ」

「では、自分が王家の血筋であることも知らなかったのですね」

「もう、びっくりだ。笑っちまう」

「その天真爛漫な声を聞いておりますと、貧民窟ってのは、案外と王都よりもいい場所のように思えます」


 パチパチとなる焚き火の向こう側、メイリーンの顔を炎が赤く照らしている。


「まあ、悪くないよ。水は泥臭いし、食いもんは少ないけど……。でも、ボスが飢えないようにしてくれた。あのアホ、酒ばかり飲んだくれて最低だったけどな。身体を斜めに曲げて、いっつも寂しい目をしていてさ。まったく笑わない奴だった」


 ヘンスに会いたかった。酷い奴だが、それでも会いたいと思った。


「親というより、男に会いたがっているようですね」

「バカな」


 話していると、大きなイビキが聞こえる。いつのまにか寝袋に入って、ムーチェンが爆睡している。起きているのが限界だったのだろう。


「逆に聞きたいよ。なぜ、あんたは参加した」

「わたしは、最初からそのために産まれたのです。この儀式に参加するために育てられましたから。参加することに疑問などありませんでした」

「へええ。なんか悲しいな」

「そうですね」


 夜は深いと思った。



(つづく)

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