生き残りゲーム:森のサバイバル対決 3




「こっちに走ってきて! ムーチェン、違う。メイリーンの方向よ!」


 溢れかえる小邪鬼に囲まれ、方向感覚を失ったふたりに、樹上から指示した。ふたりは鞭と棍を駆使して後退してくる。


 ムーチェンがこんをドンと振るう度に大地が振動し、メイリーンが鞭で薙ぎ払う。


 ふたりの攻撃は凄まじいが、量の暴力には全くかなわない。洞窟から湧いて出てくる小邪鬼は減ることがない。

 いったい、どうなっている。


 絶望的な気分を抑えながら、ふたりを助けるために死力をつくした。矢は百本くらい用意したが、ほとんど使いつくしそうだ。


「木に登って! 援護するから。小邪鬼は木には登れない」

「お、おう」

「ムーチェン、棍を捨てて登って、メイリーン、鞭で薙ぎ払って」


 隣りに生えた木の幹に、メイリーンが取り付きすばやく登ってくる。その後をムーチェンが続いた。

 わたしは、彼女たちを援護するために弓を連射した。


 木の周囲に矢の壁を作るよう射た。


 緑色に染まったふたりの身体を見ると、その戦いの激しさがわかる。

 ふたりを取り逃した小邪鬼は、木の根もとで悔しそうに「ピキクチュ、キィー、ピキクチュ」と騒々しく鳴きわめき、去る様子はない。


「な、なんてこった。これじゃあ、頂上へ行くなんて無理だ。どうする」


 ムーチェンの言葉にメイリーンが答えた。


「ここで日暮れまで待ちましょう。以前、聞いたことがあります。ああした小邪鬼の習性で夜は活動を停止すると」

「じゃあ、陽が暮れるまで、この木で待つしか方法はないのか」

「他にあると思いますか?」

「夜に眠るなら、その間に移動するか」


 わたしは、ふたりの会話をさえぎった。


「翌日になって追われたら、どうする。あの洞窟の入り口を閉じなければ、また出てくるんじゃないか」

「わたしたちの匂いを追って襲ってくる可能性はあります」


 メイリーンは軍師として、凄腕であり優秀な人材なのだと、その冷静な口調から感じた。


「じゃあ、夜、岩を砕いて、洞窟の口を閉じよう」

「さすがムーチェン殿、力が有り余っておられます」

「わたしをバカにしてないか」


 いや、あからさまにバカにしてるかも。

 メイリーンの言葉には棘がある。

 ムーチェンは豪放な外見とは違い、案外と外面を気にする細かい性格なのかもしれない。一方、メイリーンは現実的だ。外面を気遣うなど、愚かなことだと思っていそうだ。


「いえ、事実を申し上げただけです」


 いや、その言葉にムーチェンは傷ついているから。

 ふたりは隣同士の木の枝に腰を下ろしているが、顔を合わさない。


 樹上にいる間も、根もとでは小邪鬼たちが、「キィーキィー、ピキクチュ、ピキクチュ」と悲鳴のような甲高い声で騒ぎが収まる気配がない。

 その声は、なんらかの記号で、会話をしているようにも聞こえた。


 わたしは、配給された背嚢はいのうから、縄を取り出し、幹に回して自分の身体を固定した。


「なにをしているんだ、シャオロン」

「落ちないための用心よ」

「呑気なやつだな。こっから落ちるなんて、注意が足りんだろう」

「今から寝るから」


 それ以上は答えず、木に身体を縛り付けて固定すると、すぐに眠った。


「おい、メイリーン、あの子、もう寝息を立ててる」

「逞しいわよね、こんな場所で眠れるなんて……」という、言葉の途中で、ふたりの会話が聞こえなくなった。


 キィーキィーという声さえ、子守唄に聞こえる……。


      ・

      ・

      ・




「起きろ、シャオロン!」

「起きなさい、シャオロン」

「ヘンス、眠らせてよ。疲れたの」

「なに寝言を言っている」


 ホーホーという鳥の声と、木々の葉っぱが擦れる音。

 暗闇に目を擦る。


「太陽が落ちてから、小邪鬼の声が聞こえません。おそらく、眠るために洞窟へと戻ったのでしょう」


 隣の木から、メイリーンの声がする。


「確認するわ」


 身体を縛った縄を解き、わたしはまっすぐ下に向かって弓を射た。

 ボコっと、土にめり込む音がする。もし、下に小邪鬼がいれば、悲鳴が聞こえただろう。


「矢で確認したけど、いないようね。降りてみる」


 そろりそろりと木から降りる。月明かりに白く浮かぶ広場には、動かなくなった小邪鬼しかいない。

 昼間に殺した小邪鬼だろう。


 月明かりが美しい夜だった。


「いなくなった」


 ムーチェンが隣りに立っている。疲労困憊した顔だ。メイリーンも降りてきた。


「ここは、まだ、山頂の三合目にもなっていません。先は遠いようです」

「まずは、洞窟の入り口を閉じよう。ムーチェン、メイリーン、今だけは休戦よ。帰りに、また襲撃されたら、それこそ生きて戻れない」

「そうだな。わたしが棍で岩を崩そう」


 わたしは枝を集めて松明にして、地面に放った矢を回収した。

 小邪鬼に刺さった矢を引き抜くと、緑色の血を流した小邪鬼の死体から、嫌な匂いが漂う。


「うへえ、臭い」と、ムーチェンが悲鳴をあげた。


 貧民窟で常に匂っていた悪臭も、こんなものだったから気にならない。


「今日は先を共に進んだところで、適当に休みを取って、明日早々から新たに勝負ということでいいでしょうか」と、メイリーンが提案した。

「そうね。今日は休戦よ」

「まずは、洞窟の入り口を崩してやるよ」


 ムーチェンが自ら志願して、洞窟の上に登った。これは、彼女なりの示威行動に思えた。前の結果で、焦っているだろうし、誇りも傷ついただろう。


 洞窟の上に登ると、ムーチェンは巨体を使って、力任せに棍を振るう。

 三回くらいだろうが、ガガガッという大きな音をたて、洞窟の入り口が塞がった。


「これでいい。とりあえず、ここから離れよう」


 わたしたちは暗闇のなか、先へと進んだ。

 ふたりは樹上で一睡もせずにいたのだろう。足取りが重かった。

 


(つづく)

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