生き残りゲーム:森のサバイバル対決 2



 はじまりを告げる女官の声。

 同時に、ムーチェンが飛び出していった。一位を狙う気迫に満ち満ちている。


 わたしも後を追おうとしたとき、メイリーンに袖を引かれた。


「あなたを優勝させてあげます」と、彼女が耳もとで囁いている。

「え?」


 素直に驚いて彼女を見あげてしまう。

 メイリーンは背がたかい。ひょろりとした体型で、その顔はいかにも知的、鋭利な刃物のように美しい策略家だ。


「第二回は全員が同じ場で戦います。だから、ムーチェンから共闘を頼まれたでしょう。違いますか?」


 とりあえず、返事をせずに黙った。ムーチェンは脇が甘く感じるが、メイリーンに隙はなく侮れない。


「あなたに優勝を譲ります。その代わりに、ムーチェンとの共闘はやめてください。わたしが二位になるよう協力してほしいのです」

「え?」と、同じ言葉をバカみたいに繰り返した。

「考えてみてください。彼女が一位になれば、結果として点数的に、ほぼ全員が並んだ状態になります。そのまま第三儀式に進んだといたしますと。身体能力的に考えれば、もっとも有利なのはムーチェンです。でも、今回も彼女が最下位ならば、第三回の儀式の出場資格も失せます。わたしとあなたの戦いが残るだけです。その結果、最悪でも二位になれます。ずっと最下位が続いた南煌ナンフォアン王国にとって、二位になるだけでも、民も王族も朝廷も喜ぶ。もし、三国が同列で三回目の儀式を迎えれば、戦闘能力において最大の強敵に対峙することになります。どうしますか?」


 喜ぶ順番に民を最初に持ってきたところが気に入った。


 で、どうするって、そこは貧民窟の掟、裏切りなんて当たり前の世界だ。臨機応変でなきゃ生き残れなかった。


 ウーシャンに二位になったときの賞金を聞いてなかったけど、確かに南煌ナンフォアン王国にとって、二位でも価値がある。それに、一位になる可能性もないわけではない。

 個人戦になったときはムーチェンのほうが強敵だと思う。最悪でも二位となれば、悪い話ではない。


「わかった」

「あなたが、賢い選択をしてくれてよかったと思います。後悔はさせません」


 筋肉質だが細い身体をゆらせ、メイリーンがムーチェンの後を追い走っていく。


 この戦いは、駆け引きも重要だとウーシャンが言っていた。


 どちらの誘いに乗るか。

 頭の片隅では、メイリーンとムーチェンが共闘している可能性も考えた。


 ふたりは王の係累であり、敬意されることと贅沢になれた女たちだ。心の底では貧民窟育ちのわたしを侮っているにちがいない。


 少なくともムーチェンがメイリーンの誘いに乗ることはない。最弱者と思っているわたしと共闘するだろう。


 どの方面から考えても、ふたりの共闘はないと結論づけた。


 大きく息を吸い込んで、わたしは山に向かって走りだした。頂上を目指して、樹木に囲まれた山道へと入っていく。この戦いで共闘する相手は決まった。


 そして、ヘンス。

 わたしの最後の敵は、あんたに決めた。ぜったい元気に生きているのよ。


 こんな厄介な場所に送りこんだこと、後悔させてやる。

 貧民窟の掟『やられたら、やり返せ』を教えたのは、あんたなんだから。わたしがやり返しに戻るまで、つかの間の平安を、せいぜい飲んだくれていることよ。


 ヘンス、ヘンス、ヘンス……。

 ああ、だめだ。

 考えない、あいつのことなんて。


 走るんだ!


 走りながら、ヘンスに怒っていると自然に笑みが溢れた。ヒゲ面のヒゲを全て引っこ抜いてやりたい。笑って抵抗するだろうか、ヘンス。


 余計な考えを振り切って、わたしは走った。

 先に向かったふたりに追いつくために走った。


 三人のなかで、もっとも足が速いのは、たぶん、わたしだが、ムーチェンも大柄な割に身のこなしが軽い。


 ムーチェンの武器は殺傷能力の高いこんがメイン。持って山登りするには重いが、それでも速い。


 いっぽう、メイリーンは鞭がメイン武器だ。


 樹木の間を走り抜けると、先方から、こんが大地を叩く音がした。ムーチェンとメイリーンが戦っていると思った。


 やれやれ。

 与えられた食料から考えても、今日中に山頂へは到着できない距離だろう。

 それなのに、早々に決着をつけようとするなんて、ほんともう、王都の奴らはせっかちだ。


 鬱蒼とした森の山道を抜けると、森がひらけ平坦な広場に至った。かなり広い場所だ。その先に山道は続いており、左右は崖になっている。

 ここを抜けないと先に進めない。

 向こう側、山道の付近に洞窟の入り口がある。


 んなことよりも、眼前の光景に目を疑った。


「あっ!」


 無意識に声が漏れる。


 なんてこった。

 奇妙な生き物が、ムーチェンとメイリーンを襲っているのだ。


 大きさは五歳の子どもくらいか。緑色の肌をした小邪鬼が先に見える洞窟から、ぞくぞくと、それこそ山のように湧いている。


 ぎょろりとした目つきに鷲鼻、キバを持つ大きな口。頭部分が大きく三頭身の姿は、恐ろしいというより滑稽でもあった。


 ムーチェンとメイリーンは、背中合わせで小邪鬼たちと戦っていた。


 この広場を抜けるには、小邪鬼と共に戦うしか道はないと、そこは瞬時に判断したのだろう。

 武器を振うふたり、しかし、小邪鬼の数が多すぎる。


 次から次へと向こう側にある洞窟からあふれ出て、ふたりを囲む形で襲っている。広場の中心で、ふたりは敵を薙ぎ倒してはいるが、倒れた小邪鬼の上から、飛ぶように終わりもなく襲いかかってくる。


 キリがない。


 この調子では、ふたりはいずれ疲れはて、小邪鬼の群に埋もれて殺されるに違いない。


「危ない!」


 背後からムーチェンに首筋を襲う小邪鬼に気づき、わたしは弓をつがえ、正確に急所を狙った。


 ヒュンという音とともに、小邪鬼が倒れる。


 ムーチェンがこちらを確認した。髪は乱れ、腕の血管がぶち切れそうなほど力をこめて、棍を繰り出している。


 わたしは近くの大木に足をかけて上に登った。気づいた小邪鬼が、こちらに向かってきたからだが、頭部が大きく細く短い手という体型では木に登れまい。予想通り、悔しそうに木の下でガリガリと爪で研いでいる。


 大木の太い枝に身体を固定して、矢を弓につがえ、小邪鬼を射殺いころしながら叫んだ。


「敵が多すぎる。こっちに逃げてこい!」


 大声で叫びながら、わたしは彼女たちが逃げる動線に沿って小邪鬼を射殺いころした。


 向こう側の洞窟からは、まだゾクゾクと小邪鬼が出てくる。


 洞窟の出口を閉じる必要があるが、その方法がわからない。絶望的だった。


 

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