生き残りゲーム:森のサバイバル対決 10
頂上への登坂は厳しく、地面を踏みしめる一歩が重い。大岩でも背負っているのかと思うほどだ。
斜面はどんどんキツくなった。気温は下がったが、それでも汗がダラダラと流れていく。
メイリーンがわき道で苦しそうに吐いた。
「大丈夫か? おぶってやろうか」と、ムーチェンが聞く謎展開。
これは危険信号だと思う。人って、疲れすぎると捨て鉢になりがちで、全てがどうでもよくなる。
今のわたしだ。
儀式のことも、ヘンスのことも、すべてどうでもいい。頭が空っぽになると、大抵、いらぬことを言いはじめてしまう。
捨て鉢になったわたしは、一応、ふたりに確認してみた。
「みなで逃げ帰らないか?」
誰も返事をしない。
まったく冗談が通じないったら、根っから気まじめ人間か。
メイリーンは賢いが一方的な思考しかできない優等生で、ムーチェンときたら名誉と腕力がすべて。『逃げる』なんて、彼女たちの頭には言葉さえ存在しないのだろう。
最初からわたしとは立ち位置が違う。なぜ、こんな儀式に自分が、なんて根本的な疑問を持つこともしない。
「逃げようって、……、そう思わないか? ハアハア……。あれ、わたし、バカなことを聞いてんのかな」
「あなたは、なんて申しますか。シャオロン、とても、いい加減ですわ。ハアハア」
「そうだ、シャオロン。おまえは、いい加減だ。……ハアハア、部下にして、びしびし鍛え直してやろうか」
「……、そ、それ、遠慮」
ようやく山頂に到着したときには、三人で仲良く倒れ込んでしまった。
吹きさらしの頂上は風が強く、ゴウゴウと耳もとで鳴っている。
空気が薄い。
起き上がると、ふらふらして身体が風にもってかれそうになった。ムーチェンが肘を支えてくれる。
「あ、ありがと」
「世話になったからな。なんなら鍛えてやるよ」
「だから、それ、遠慮」
「……メダルは、あそこか」
「そう、ですね。ムーチェン、シャオロン」
三人とも気になったのは、それっぽくスリ鉢状になった大岩だ。
間違いなく、あの場所に目当てのメダルがある。
あと数十歩の距離、みなチラチラとお互いを盗み見て、たぶん距離を目測しているのだろう。ここから誰かが飛び出せば、その瞬間から敵になる。
スリ鉢状の岩から、薄く光がもれている。金と銀のメダルが発光している。
わたしたちは、メダルがある岩の数歩前まで進み、お互いを牽制しながら立ち止まった。
一位のメダルを取れば五点を得る。
メイリーンが取れば自動的に総合一位になり、わたしとムーチェンは挽回することは難しい。とくにムーチェンは絶望的だ。
戦い取るのか。
「頼みがある」と、ムーチェンが言った。
「金メダルを譲って欲しいというわけですね」
「いや、そうではない。ただ、第一回はなにも取れなかった。だから、銀メダルをもらえないだろうか? 勝手だとはわかっている。しかし、今回、なにも取れなければ自動的に最下位になってしまう。少なくとも次に繋げたい。そのくらいの栄誉がなければ生きて国に帰れないのだ。金メダルは譲る。どちらかが取ればいい。銀メダルを譲ってくれないか。頼む」
ムーチェンがいきなりその場に叩頭した。
「ムーチェン殿、譲れるものではないことは、ご存知でしょう。シャオロン、あなたは?」
メイリーンがわたしをじっと見る。
「わたしは、この勝負なんて、どうでもいい。姐さんたちと違って、わたしは王国なんかどうでもいいんだ。儀式に出れば金貨五十両がもらえる」
いや、正確には勝てばだけど、そこは端折った。
「たった? わずか金貨五十両か」と、ムーチェンが言った。
メイリーンもムーチェンも複雑な表情を浮かべている。いや、いま、なんと言った? わずかって言わなかったか?
貧民窟で一生働いても得られない金だぞ。
「大金だ」
「シャオロンさん。ご存知ないのですね。この儀式の勝者に与えられる栄光を」
彼女たちは幼い頃から、儀式に参加するために育てられ、教育されてきたのだろう。価値観の違う奇妙なモノを見るような目つきになった。
ジリジリと、一歩一歩、みなが同じ歩幅で岩に近づく。
「栄誉なんて、金にならない」
「バカだな、シャオロン。一位になれば、その程度の金貨なんて、いくらでももらえる」
風が強かった。
身体を持っていかれそうな風が、時に吹き荒れている。
このまま頂上に長くはいられない。
「人が人としてまとまるためには神話が必要なのです」と、メイリーンが突然に言いはじめた。
今、そこ?
もうすぐ夜が来るのに、栄誉からはじまって道徳とか神話とか説いてる場合なんだろうか。
「そうだ。だからこそ、この仕組みは白龍神の
「その希望は呪いのようだな」
ふっとムーチェンが笑った。
そして、止める間もなく、メダルを奪おうと手を伸ばして跳躍した。メイリーンの
なぜか、わたしの身体も同時に動いた。
意志など関係なく、瞬時に弦をひき絞り矢を放っていた。
矢は剣を狙ったのだが、そこは近衛隊長ムーチェンである。並の使い手ではない。剣の柄で鞭を押さえつつ、抜いた剣で矢をはじく。はじかれた矢は軌道を外れ、大きく空に舞いあがり、放物線を描いて落下した。
それは、意図せず金メダルにあたり、空中に飛ばした。
ビシッ、タン、ポン!
鞭、剣、金メダルと、まるで神の意思かのように、それぞれの音がする。
まったくの運だった。運命とは、得てしてそういうものかもしれない。ともかく、金のメダルはムーチェンの手もとに落ちた。落ちてしまった。
ふたりの戦士は結果を悟った。
ひとりは絶望して。
ひとりは嬉々として。
メイリーンは可能な限り抵抗した。なんとか、金メダルに触れようとしたが、それはすでにムーチェンの手中だった。
金メダルを得たムーチェンが一番、キョトンとした顔をしている。
メダルの中心にある宝珠が輝き、
それを見た瞬間、さすがのメイリーンというしかない。すかさず銀メダルをつかもうとしたのだ。その動きにわたしの身体も反応した。
銀メダルは、わたしとメイリーンの間にあって、きっちり同時に触れてしまった。
えっ、半々?
これは二位の点数をふたりとも得たってことだろうか?
ぽか〜〜んと口を開けた、わたしとメイリーン。
「これは、三点ずつってこと?」
「甘いわ! 一・五点ずつです」
メイリーンの怒気せまる声に正気を戻したのか、ムーチェンがメダルの色を確認して、それから、こちらを見た。
「すまない」
いや、謝って済むなら、世界は平和だ。
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