最終話 生き残りゲーム:森のサバイバル対決




 頂上への登坂は厳しく、地面を踏みしめる一歩が重い。大岩でも背負っているのかと思うほどだ。


 斜面はどんどんキツくなった。気温は下がったが、それでも汗がダラダラと流れていく。


 メイリーンがわき道で苦しそうに吐いた。


「大丈夫か? おぶってやろうか」と、ムーチェンが聞く謎展開。


 これは危険信号だと思う。人って、疲れすぎると捨て鉢になりがちで、全てがどうでもよくなる。

 今のわたしだ。

 儀式のことも、ヘンスのことも、すべてどうでもいい。頭が空っぽになると、大抵、いらぬことを言いはじめてしまう。


 捨て鉢になったわたしは、一応、ふたりに確認してみた。


「みなで逃げ帰らないか?」


 誰も返事をしない。

 まったく冗談が通じないったら、根っから気まじめ人間か。


 メイリーンは賢いが一方的な思考しかできない優等生で、ムーチェンときたら名誉と腕力がすべて。『逃げる』なんて、彼女たちの頭には言葉さえ存在しないのだろう。


 最初からわたしとは立ち位置が違う。なぜ、こんな儀式に自分が、なんて根本的な疑問を持つこともしない。


「逃げようって、……、そう思わないか? ハアハア……。あれ、わたし、バカなことを聞いてんのかな」

「あなたは、なんて申しますか。シャオロン、とても、いい加減ですわ。ハアハア」

「そうだ、シャオロン。おまえは、いい加減だ。……ハアハア、部下にして、びしびし鍛え直してやろうか」

「……、そ、それ、遠慮」


 ようやく山頂に到着したときには、三人で仲良く倒れ込んでしまった。


 吹きさらしの頂上は風が強く、ゴウゴウと耳もとで鳴っている。

 空気が薄い。

 起き上がると、ふらふらして身体が風にもってかれそうになった。ムーチェンが肘を支えてくれる。


「あ、ありがと」

「世話になったからな。なんなら鍛えてやるよ」

「だから、それ、遠慮」

「……メダルは、あそこか」

「そう、ですね。ムーチェン、シャオロン」


 三人とも気になったのは、それっぽくスリ鉢状になった大岩だ。

 間違いなく、あの場所に目当てのメダルがある。

 あと数十歩の距離、みなチラチラとお互いを盗み見て、たぶん距離を目測しているのだろう。ここから誰かが飛び出せば、その瞬間から敵になる。


 スリ鉢状の岩から、薄く光がもれている。金と銀のメダルが発光している。


 わたしたちは、メダルがある岩の数歩前まで進み、お互いを牽制しながら立ち止まった。


 一位のメダルを取れば五点を得る。


 メイリーンが取れば自動的に総合一位になり、わたしとムーチェンは挽回することは難しい。とくにムーチェンは絶望的だ。


 戦い取るのか。


「頼みがある」と、ムーチェンが言った。

「金メダルを譲って欲しいというわけですね」

「いや、そうではない。ただ、第一回はなにも取れなかった。だから、銀メダルをもらえないだろうか? 勝手だとはわかっている。しかし、今回、なにも取れなければ自動的に最下位になってしまう。少なくとも次に繋げたい。そのくらいの栄誉がなければ生きて国に帰れないのだ。金メダルは譲る。どちらかが取ればいい。銀メダルを譲ってくれないか。頼む」


 ムーチェンがいきなりその場に叩頭した。


「ムーチェン殿、譲れるものではないことは、ご存知でしょう。シャオロン、あなたは?」


 メイリーンがわたしをじっと見る。


「わたしは、この勝負なんて、どうでもいい。姐さんたちと違って、わたしは王国なんかどうでもいいんだ。儀式に出れば金貨五十両がもらえる」


 いや、正確には勝てばだけど、そこは端折った。


「たった? わずか金貨五十両か」と、ムーチェンが言った。


 メイリーンもムーチェンも複雑な表情を浮かべている。いや、いま、なんと言った? わずかって言わなかったか?

 貧民窟で一生働いても得られない金だぞ。


「大金だ」

「シャオロンさん。ご存知ないのですね。この儀式の勝者に与えられる栄光を」


 彼女たちは幼い頃から、儀式に参加するために育てられ、教育されてきたのだろう。価値観の違う奇妙なモノを見るような目つきになった。


 ジリジリと、一歩一歩、みなが同じ歩幅で岩に近づく。


「栄誉なんて、金にならない」

「バカだな、シャオロン。一位になれば、その程度の金貨なんて、いくらでももらえる」


 風が強かった。

 身体を持っていかれそうな風が、時に吹き荒れている。

 このまま頂上に長くはいられない。


「人が人としてまとまるためには神話が必要なのです」と、メイリーンが突然に言いはじめた。


 今、そこ?

 もうすぐ夜が来るのに、栄誉からはじまって道徳とか神話とか説いてる場合なんだろうか。


「そうだ。だからこそ、この仕組みは白龍神の御業みわざであって、死に物狂いで戦うに値することだ。百二十年前に、聖帝が仕組みを取り入れたときからの、王国同士の代理戦争であり、三国で制定した『希望』でもあるんだ」

「その希望はのようだな」


 ふっとムーチェンが笑った。

 そして、止める間もなく、メダルを奪おうと手を伸ばして跳躍した。メイリーンのむちが唸る。


 むちは正確にムーチェンの腕を狙い、それをムーチェンは剣の柄で絡めとる。


 なぜか、わたしの身体も同時に動いた。

 意志など関係なく、瞬時に弦をひき絞り矢を放っていた。


 矢は剣を狙ったのだが、そこは近衛隊長ムーチェンである。並の使い手ではない。剣の柄で鞭を押さえつつ、抜いた剣で矢をはじく。はじかれた矢は軌道を外れ、大きく空に舞いあがり、放物線を描いて落下した。

 それは、意図せず金メダルにあたり、空中に飛ばした。


 ビシッ、タン、ポン!


 鞭、剣、金メダルと、まるで神の意思かのように、それぞれの音がする。


 まったくの運だった。運命とは、得てしてそういうものかもしれない。ともかく、金のメダルはムーチェンの手もとに落ちた。落ちてしまった。


 ふたりの戦士は結果を悟った。

 ひとりは絶望して。

 ひとりは嬉々として。


 メイリーンは可能な限り抵抗した。なんとか、金メダルに触れようとしたが、それはすでにムーチェンの手中だった。


 金メダルを得たムーチェンが一番、キョトンとした顔をしている。


 メダルの中心にある宝珠が輝き、北栄ベイロン王国の国色である黄色に染まった。


 それを見た瞬間、さすがのメイリーンというしかない。すかさず銀メダルをつかもうとしたのだ。その動きにわたしの身体も反応した。

 銀メダルは、わたしとメイリーンの間にあって、きっちり同時に触れてしまった。

 フー王国の赤色と南煌ナンフォアン王国の白色に、宝珠が半分づつ染まる。


 えっ、半々?

 これは二位の点数をふたりとも得たってことだろうか?


 ぽか〜〜んと口を開けた、わたしとメイリーン。


「これは、三点ずつってこと?」

「甘いわ! 一・五点ずつです」


 メイリーンの怒気せまる声に正気を戻したのか、ムーチェンがメダルの色を確認して、それから、こちらを見た。


「すまない」


 いや、謝って済むなら、世界は平和だ。



(つづく)

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