生き残りゲーム:森のサバイバル対決 9
ムーチェンを捕らえた巣にもどるのに、それほど時間は必要なかった。
彼女は目だけをぎょろつかせ、巣にからまりモゴモゴしている。
「ムーチェン、すぐ助ける」と、声をかけても反応がない。
「あの大蜘蛛は、
「でも、ごそごそ動いているから生きてる。それでさ、なんで、こんなに頑丈な糸なの。ネバネバするし、まったく手に負えない」
ムーチェンがからめ取られた糸の棺桶は切り裂くのに苦労した。メイリーンの剣は刃こぼれしたし、わたしが借りたムーチェンの剣も刃が使い物にならなくなった。
それほど暑くないのに、汗が目に入る。
やっとのことで救いだすと、ムーチェンは地面に転がり、奇妙な様子で奇妙な言葉を呟いている。
「むっちゃ、ええ気持ちやぁ〜〜。アヒ、アヒ、アヒ」
え?
逃げようとして、苦闘していたのじゃない?
し、しかし──、こ、これは違う。
あまりに予想外なんだけど。も、もしかして、こ、これは、苦悶じゃなく悦楽? 快楽に耽っている?
ムーチェンが気持ちよさそうな、よがり声をあげる。
「いったい、これ、なんの罰ゲームなの」
「た、確かに、そうですわね。ムーチェン、早く目を覚ましてください。あとで恥ずかしくて死にたくなりますよ」
「アアア、ア〜ン。アヒ、アヒ」
わたしたちの決死の苦労も知らず、ムーチェンは恍惚とした表情でヨダレを流し、身体を痙攣させた。
大蜘蛛のやつ、獲物を気持ちよくして捉えた上、自分が死の間際にいることを悟らせないために快楽系神経毒を使ったのだ。
エ、エグい!
おかげで、わたしの二倍はありそうな筋肉の塊であるムーチェンは、ずっと悶えている。悶えきっている。衣服は乱れ、肌は露出して、しどけない巨体が転がっている。
この姿を見るまで、メリメリと聞こえていた音は、蜘蛛糸に囚われ暴れたためと勘違いしていた。
しかし、事実は快楽に溺れて、
誇り高いムーチェンが気づいたら、恥ずかしさの余り発狂するかもしれない。
「あの、さすがのわたくしも辛いものを感じます。それに、このような大きなお身体、とても運べません」
「放っておこう」
ムーチェンは、ひとしきり悶えたあと、イビキをかいて気持ちよさそうに眠り込んでしまった。
「そうですね、先に進みましょう、シャオロン」
「うん、行こう」
歩きはじめると、いきなり足首をつかまれた。横を見ると、つんのめるようにメイリーンも立ち止まっている。
「ま、待ってくれ」
メイリーンと目があうと、彼女も困ったように目配せしている。
「ムーチェンが気がついた」
「そのようです」
「蹴り倒そうか」
「離してください、ムーチェン。正気を取り戻りしたのなら良かったです」
「ふたりとも、わ、わたしは、わたしは、あれ? 鎧は? 巨大な蜘蛛が襲ってきたまでは覚えているが、ああ、気持ちがいい。いったい、どうなっている」
「きっちり説明してやろうか、ムーチェン」
「知らないほうがよろしいかと、ムーチェン殿」
足首をつかんだ手が離れ、ムーチェンは起きあがった。
自分のしどけない姿に気づいて、真っ赤になっている。人って、こんなふうに急激に赤くなれるって、びっくりするほどの素早さで赤くなったり、青くなったり。それはそれは限界値を超えた変化だった。
恐ろしいことだが、事態をきっと把握したのだ。
彼女の内心を想像すると、言葉がかけられない。
「あの、あえてお聞きしますが、覚えてらっしゃいますか、ムーチェン殿」
メイリーンは勇者なのか悪魔なのか、どちらなのかって、ちょっと迷った。
「何も覚えていない!」
真っ赤になりながら、ムーチェンは記憶を失う選択をしたようだ。弾かれるように立ち上がって衣服を整えている。
「あの、身体のほうは、体調とか、その身体のほうとか。えっと身体」
「問題ない。それから、助けてくれて感謝する。この恩は必ず返す」と、早口で言った。
いつもの尊大な近衛隊長ムーチェンに戻っている。
彼女はキビキビと軍隊的に、ぴっちりと自分を整えたのち、近くの木にささった
「なんで、こんなところに刺さっているんだ」という、小芝居まで付け加えている。
内心の動揺を考えれば、ここは見て見ぬ振りしかないんだろう。
なんだか、ちょっとやるせないっていうか。胸の内がもやもやするけど、そう思ってメイリーンを見ると……。
決意を秘めたような、いや、右唇が軽く上がっているところをみると、そんな生優しいものじゃなく、えぐることに決めたようだ。
そもそも、白黒をきちんと付けたがる真面目な優等生なんだろう。
「ムーチェン殿。今回のぬけがけを、どう思っていらっしゃるのか、まずは、お聞きしたいのですが」
「ぬけがけ? そんなつもりはなかったが」
いや、あっただろう。
前回は最下位。今回、一位をとらなければ先はない。
一位のメイリーンなら、そこ忖度してあげてもいい気もするが、まったくないようだ。
几帳面な性格だろうが、わたしには迷惑だ。とっとと、この儀式を終わらせたい。
「朝、起きたとき、すでに出発なされた後でした」
「ふーん、そうだろうか。わたしが出発するのを知っていただろう。なぜ、声をかけなかった」
へええ……、メイリーンが知っていて先に行かせたの、気づいていたのだ。
「山道で昨日のような小邪気の襲撃も考えられた。先に行かせることで、危機を回避したわけだ」
「あのさ、どうでもいいけど。先に進みたい。もう疲れた」
メイリーンはわたしを見ると、「そうですね」と言った。
「行こうか」というムーチェンの声は奇妙に裏返っていた。
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