第5章 第三の儀式:血みどろの決戦

第三の儀式前、それぞれの策略 1





 メイリーンは落胆から鬱屈うっくつ、ついで他者への不満転換と、いろいろな感情を自己完結した結果、怒っていた。

 そして──

 わたしは落ち込んだ。どう考えても敗残者だからだ。

 貧民窟出身ってだけでも、なじめない世界にいるのに、その上、最下位。


 前回までは二位だった。ということは、金貨五十両は諦めよう。王弟がくれた三十五両でヘンスのもとへ戻ろう。


 太陽が赤く地平線に沿って輝き、すぅっと消えていく。


 ……むなしい。


 メイリーンが怒気を帯びた声で、先に下山していくムーチェンの背に叫んだ。


「ムーチェン!」


 ムーチェンは、振り返りもせず傲慢な態度で山をおりていく。彼女は、その後姿を憎々しげに見送っている。


 メイリーンが優勝する可能性が一番高いにもかかわらず、立腹しているのは、この状況が彼女の計画から外れているからだ。

 

 銀メダルをわたしと半々にしたメイリーンの持ち点は、六・五点になる。

 ムーチェンが五点。

 わたしが四・五点で最下位だ。


 最後の儀式でムーチェンが一位を取れば十点。


 その場合、わたしに勝ってもメイリーンの総合点数九・五点で二位に甘んじるしかない。それに、ムーチェンが優勝するために彼女を妨害すれば、わたしが二位で最下位が確定する。


 そして、わたしは……、どう転んでも、優勝からもっとも遠い。


「ね、姐さん。共闘したいって言ったよね」


 おずおずと聞いてみた。

 メイリーンは横目で睨んだだけで、下山の足を早めた。ああ、もう、わたしって他人を怒らせる天才かも。


 なぜ、あの時、身体が動いて、矢を放っちまったんだろう。


 ヘンスが知ったら、爆笑するだろうか。このアホがって、いつもの呆れたような顔で皮肉に笑うだろうか。それとも、落胆するだろうか……、それを思うと辛い。

 いや、この状況に追い込んだのは、そもそもヘンスだ。


 ふたりで過ごしてきた貧しい日々。

 わけあった食料。

 そのすべてをヘンスは、この儀式に送るための訓練にしたのだ。どんな思いを抱いていたんだろう。


 太陽は地平線に沈み、暗闇に足もとがおぼつかなくなる。


 前を歩くメイリーンが肩を怒らしたまま立ち止まった。松明をつけるための枝を探しているのか。いや、違った。


 こっちを振り向くと怒りをこめた早口で、まくし立てた。


「やらかしましたね、シャオロン。三回目の儀式は、過去に行われた例から予想すれば、おそらく直接対決になります。どういう場所でかはわかりませんが、過去五回、すべてなんらかの形での、三人の武力により勝ち抜き戦です。ムーチェンは近衛隊長として、わたしたちの中で、もっとも攻撃力が高い。彼女に勝つのは容易ではないでしょう……」


 メイリーンは、同じような内容をグチグチ言い続けた。賢い人がキレると怒りの収めどころがなくなるんだろうか。


 第二回でムーチェンが敗退し、三回戦に残るのが二人だけになれば、楽に勝てると踏んでいたのだろう。ムーチェンが残ったことで勝率がかなり低くなった。


「こんなことなら、彼女が望んだように銀メダルを渡せばよかった。もっと良かったのは、あのまま大蜘蛛のエサにすれば……、えっ? なにか!」

「い、いえ、なんでもありません!」


 都合よく忘れたふりをしてるけど、助けようと言ったのはメイリーンだから。王家の誇りとかそんなことで。


「ムーチェンを助けたことはよかったと思う、後味が悪くないし」って、なんで弁解している、わたし。

「あなたという方は人が良過ぎます。貧民窟には、そんな天使ばかりが住んでいるのですか。お見それしました」


 指で頬をかいた。

 いや、貴族の誇りとかで、『戦士の祈り』をしたのは誰だ、なんて、ぜったい言える雰囲気じゃない。


 ヘンスの呆れた顔が脳裏に浮かんで困った。背中を曲げ、なにかに耐えるように生きていた。あの絶望と孤独の顔が『天使』だなんて、笑える。


 しかし、目下の問題はメイリーンの愚痴だけじゃない。

 瑞泉ずいせん山の入り口に戻ると、ウーシャンとスーリが待っていたのだ。

 

 いや、会いたくない。

 このまま山にこもろうか。


 わたしはウーシャンの顔もスーリの顔も見れなかった。


「あの、今回は一・五点」

「知っております。それは、勝つために何らかの策を練った結果でしょうね」

「いや、あの、人助けはしたよ」

「何か奇妙な言葉を聞いたような気がします。王国を賭けた戦いの場で、いったい人助けとは、不可解です。そう思いませんか、スーリ。それとも、わたしの聞き間違いでしょうか」

「大蜘蛛に囚われたムーチェンを助けたんだ」

「ほお、ついでに、一位を施したとか」

「怒ってる?」

「あなたは、この先の十二年。わが国の深刻な水不足を決定づけたのです。お遊びではない。それも勝てるはずの戦いでした。おそらく、メイリーンから提案があったでしょう」


 メイリーンからも、ムーチェンからも共闘の要請はあった。なかったと嘘をついても、どうせ見抜かれる。

 この男は鋭い。


「なぜ、知っているの?」

「単純すぎる推理です。力を誇示するムーチェンに対する、知謀を駆使するメイリーンですから予測は可能です。間違いなく、ふたりともあなたを侮り、積極的に組もうとしたはずです。二位でもいい、その代わりの協力体制をというように」


 いや、これは根本から間違っていると叫びたい。そもそもだけど、王国が、わたしを選んだ時点から、出発地点からおおいに間違っている。


「一位を狙うのは非常に難しくなりました。第三の儀式では、どちらかと必ず組むのです。どちらを選ぶつもりですか?」

「あの」と言ったが、ウーシャンはわたしの答えを聞く気はなかった。

「それはムーチェンを選ぶべきです。一位になるために助け、その代わりに、せめて二位になる可能性を模索してください。個人戦となれば、メイリーンはムーチェンに勝てません」


 それは難しいと思う。ムーチェンは個人戦に自信をもっている。誰かと組むなんて、おそらく彼女の誇りが許さない。


 そんなこんなで頭を悩ましながら『紫菖蒲の間』に戻った。

 すぐに戸口から声がした。


「王弟殿下が待っていらっしゃいます」


 おお、やった!

 ウーシャンの不気味な沈黙には耐えられない。この苦虫を噛み潰した美貌の皇子から逃げられる。

 本当に良いところに来てくれた。


「今はシャオロンは傷が深く、寝込んでいます。別の機会に」


 ウーシャンがかってに返事をしている。

 そうか、わたしは寝込んでいるのか? では、あんたも出ていってくれたほうが、そう言おうと思ったが、冷たい一瞥いちべつで諦めた。


 こうなれば希望は王弟しかいない。入って来い、強引に入って来い。

 そうでなきゃ、わたしはウーシャンに殺される。


 願いた通じたのか。バタンと扉が開き、王弟が入ってきた。さすがだ。やっぱり、味方はあんたしかいない。


 さあ、とっとと、ウーシャンを追い出してくれ。



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