最終前話:朝堂の争い




 侍女たちを従え、ウーシャンが政務を執り行う朝堂に向かった。


 現王が後宮の奥深くにこもってから、ウーシャンは王の執務室を使い、私室も王が使う清宮にしていると聞く。


 政務を執り行う朝堂は、その清宮の対面。王宮の中心に位置し独立している。

 本堂の周囲には廻廊がめぐり、母屋に入るには、十数段の階段を登った先で案内を乞うのだが。


 異様な雰囲気だった。


 廻廊には、近衛兵が武器をたずさえて並んでいる。建物を取り囲むように、びっちりと並ぶ近衛兵の数が多い。


 この警護、普段通りとは思えない……。


「スー」と、背後を振り返った。

「ちょっと、物々しすぎるじゃないか」

「さようにございますね」


 スーリアンが戸口で案内を乞う。

 

「シャオロン群主さま、おなりぃ〜〜」


 案内の声が響くと、朝堂の扉が両側に大きく開いた。


 その先を見て、思わずよろめいてしまった。

 ずらりの朝廷のお偉方が並んでいる。それも、全員が同じ正装で、ビシッと決めている。

 こういう儀式ばった中に入るのが、もっとも苦手だ……。

 あれだよ。

 つまずいたりしても、誰もクスッとも笑わないと思う。


 中央には緋色の絨毯が敷かれ、その先、高い場所に華美をつくした椅子があった。そこにウーシャンが端然と腰を下ろしている。

 威風堂々たる姿だが、彼をよく知る今では、緊張していることがわかった。


 一歩、朝堂に足を踏み入れる。

 居並ぶ大臣たちは、ちらりともこちらを見ない。異様な空気だ。

 奇妙というしかない。

 いくら政務を司る場としても、これは普通じゃないだろう。

 数珠つなぎに並ぶ大臣たちの背後に、ずらりと近衛兵が槍をもって立っていた。警護というにも物々しすぎる。


「スーリアン」

「はい」

「なんで、こんなに兵が並んでいるの? これって普通?」と、立ち止まって聞いてみた。

「いえ、異様です」

「そう」


 わたしは絨毯の上をウーシャンに向かって進んだ。

 しわぶき声ひとつ聞こえない。


 何が起きている。


 玉座に近づくと、右列の最前列にジャオンイー王弟が立っているのが目に入った。彼は、わたしの顔を見ると、皮肉な表情を一瞬だけ浮かべ、それから舌なめずりした。


「ごきげんよう、シャオロン殿」と、彼はにこやかに言った。

「この方を貧民窟から連れて出してきたのは、ワシじゃよ。なあ、シャオロン群主よ」


 王弟、何を言っているんだ。


「現王家によって、これまでの儀式では、ずっと最下位が続いたことは斬鬼にたえないことじゃ。疲弊したこの国を救うために、貧民窟に身を潜めた群主を探し出したのは、ワシじゃ」


 ありえない言葉に、わたしが声を上げようとしたとき、ウーシャンが右手を挙げて制した。

 物々しい雰囲気といい、まったく状況が読めない。

 思えば、この地に、あえて言えば拉致されてから、読めたことなんかなかった。まあ、これは通常運転とも言える。


 王弟は、ほれほれという顔で、わたしに向かってほくそ笑んでいる。


「なあ、シャオロン群主。そなたには活動費として金貨を渡したであろう」

「うん、確かにもらった」

「お聞きになりましたかな。ワシは応援こそすれ、邪魔などするつもりは毛頭なかった。妙な言いがかりをつけられても困る。ウーシャンよ、頭を冷やしたらよかろう」


 なんとなく状況が読めてきた。ついに、ウーシャンが王弟に牙を向いたのだ。朝堂内外の厳戒態勢は、そのためか。

 おそらく、王弟を武力でも抑え込もうとしているのだ。


「ワシは、けっして現王朝をないがしろにするなど考えておらん」


 横目で王弟を見た。どことなく顔色が冴えない。足もとを見ると、不自然に揺らしている。言葉とは裏腹に、かなり切迫した状態で、窮地に陥っているんだろうか。


「叔父上、それでは、教えていただきたいことがあります。これへ呼べ」


 ウーシャンが威厳をもって誰かを呼んだとき、バタンと戸口が開く音がした。風が吹きこむ。


 振り返ると、明るい陽光を浴び、ひとりの背の高い男が立っている。バサバサと外衣がゆれらして、堂々とこちらに向かってきた。


「シャオロン」と、ウーシャンが静かに呼んでいる。「こちらに来なさい」


 彼が壇上の一段下にある椅子を示している。

 しかし、わたしは、その場に凍りついて動けなかった。


 間違いなくヘンスだ。唖然として彼を見つめたまま硬直した。


 周囲の大臣たちにざわめきが走る。


「バイリー・ワン皇子さま」と、誰ともなく、ヘンスをそう呼ぶ声が聞こえた

「お亡くなりになったのではなかったのか」

「なぜ、ここに」


 多くの者が、ヘンスを知っているようだった。


 彼は大股でこちらに向かってくる。わたしの存在に気づいていないのか一瞥もしない。


 スーリアンに袖を引かれた。


「シャオロンさま、こちらに」と、彼女に袖を引かれ、ヘンスに道をゆずった。

「ヘンス……」


 威風堂々とした態度の猫背でもないヘンス。いや、バイリー・ワン皇子と呼ぶべきなんだろうが。

 唖然として見ていると、彼がちらりとこちらをみて、片頬をあげてほほ笑んだ。


 ヘンス……。


 わたしは貧民窟に帰りたかったのではない。ヘンスのもとへ帰りたかったのだ。彼がいるだけで、わたしの中にある空洞が満たされる。


 今も、彼に触れ、

 彼に話しかけ、

 彼に自分を認めてもらいたい。


 ヘンスには、この気持ちが理解できないのだろうか。わたしを捨てたまま気にもしていないのだろうか。


「なかなか」と、ヘンスは張りのある声をあげた。

「俺の登場は皆を驚かせたようだな。だとすれば、成功のようだ。顔見知りも多いが、この口調は許せ。貧民窟暮らしが長引いたせいだ」


 朝堂は混乱した。さすがの王弟も言葉を失っている。おそらく死んだと思っていたヘンスの登場は予想外だったのだろう。

 さらに意外なことが起きた。

 もし、ウーシャンたちが、それを望んだのなら成功だった。


「おまえは誰だ。第一皇子を名乗る不敬の輩か」と、王弟が居丈高に叫んだのだ。


 王弟の姿は誰がみても悪あがきだった。

 いっそ沈黙していたほうが良かったかもしれない。しかし、彼は動揺し、思わぬ醜態を晒した。


 その時だ。

 近衛兵ふたりに、ひったてられるように男が入ってきた。腕に縄がついているところを見ると、罪人なのだろう。


 入ってきた罪人が、「シャオロンよぉ」と、叫んで、警備兵を振り切り、わたしの足もとにすがりついてきたのには驚いた。


「シャオロンよぉ、助けてくれ。なあ、なあ、なあ」



(つづく)

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