イケメン皇子が本気を出した色仕掛け 1




 儀式の間、ムーチェンが滞在している部屋は、わたしがあてがわれた部屋からは西の棟、『睡蓮すいれんの間』だ。メイリーンは反対側、東棟の『紫陽花あじさいの間』にいる。


 それぞれの棟はかなり離れており、途中は渡り廊下で繋がっていた。


 ウーシャンとわたしは、スーリを従え渡り廊下を西棟に向かう。


 衣装を整えたウーシャンは、ひときわ輝きを放っていた。


 銀色の長い前髪を後ろに流して結び、細めの蒼い抹額まっこうを額に結んでいる。そもそも抹額は、冠などの落下帽子に使う鉢巻なのだが、それを飾りに使ったスーリの芸には舌をまく。

 なにげに趣味も入ってそうな手腕は、ある意味、匠とも言える。


 最初、わたしの計画を聞いたスーリは驚きのあまり、「畏れ多いことにございます」と逃げ腰だったが、「これは国のため、民のため」という嘘っぽい話で説得すると、彼女のオタク魂に火がついた。


「皇子さまのお衣装は、このスーリにお任せくださいまし」と、胸を叩いた。


 その頼もしさと言ったら、もともとウーシャン命の彼女。途中でわたしよりも熱心になった。

 公に自分の趣味に没頭して、ウーシャンをさらに魅力的にと、微に入り細に穿った作業でもって、その才能を大いに開花させた。


 つまり、こんな箇所だ。

 抹額まっこうの細い帯を、わざと長く背後に垂らし、おくれ毛を残して、白皙の美しい顔に影を作らせる。


 その色っぽさには、こいつの嫌な性格さえも、どうでもよくなってくる。


「おくれ毛は、とても大事です。それこそ、ぞくぞくする色気が発散されますから」


 ウーシャンは嫌々ながらスーリに身を任せた。


 この堅物がムーチェンを口説けるか、見ものでしかないし、それに失敗してくれれば、儀式の失敗はウーシャンの責任って攻めてやれる。


 へへ、愚か者め。


 ムーチェンがあんたを見てたなんて、完璧な嘘さ。

 あの女は男なんて目もくれないだろう。せいぜいがんばれ!


「何を笑っているのです」


 渡り廊下を歩きながら、せせら笑っていると、ウーシャンが振り返った。

 背後にいたスーリは信望者だから、息をつめるのはわかるが、わたしまで、ついドギマギした。


 斜め横顔、むちゃくちゃ色っぽい。切れ長の目をこちらに流されると、ぞくっとする。さすがのおくれ毛、最高の働きをしている。


「いや、あの、えっと……庭の。ハスが綺麗で」

「ハスの葉が好きなんですか。では、あなたの『紫菖蒲の間』にも植えさせましょう」


 西棟の前庭には、池があり睡蓮の葉が大きく育っていた。鳥のさえずり声も聞こえ風情がある。

 だが、今は、そこじゃない。

 スーリが最高に整えた顔で、優しい言葉をかけられると、さすがにどぎまぎするじゃないか。

 わたしを口説くんじゃくて、標的はムーチェンだけど。

 まさか、落とせる?


「さ、さあ、い、行こう……」


 いつものように軽くウーシャンと名前を呼べなかった。


 ウーシャンは不本意なんだろうか、歩みがのろい。

 これ、逆じゃない? 普段ならウーシャンにせっつかれるが、今回はわたしが背中を叩く番。

 むしろ、楽しいぞ!


 西棟前で、スーリが案内を乞うてきた。


「ムーチェンさまは、ただいま、こちらにはいらっしゃいません」

「どちらに」

「お部屋ではなく、正殿にいらっしゃるそうですが。儀式のあいだ、正殿の間が仮の訓練場になっているので、そこで儀式に向けて訓練なさっています。武器なども手配されていると聞いています」

「正殿。うん、じゃあ、そっちに行こう」


 正殿は参加者の誰でも使えるように開放されているが、わたしは行ったことがなかった。


「ねぇ、メイリーンがいると厄介よ」

「さようにございますね」


 スーリの返事に、不機嫌なウーシャンの声が重なる。


「大丈夫です」

「え?」

北栄ベイロン王国の代表は別の場所にいます」

「なぜ、知っているの」

「武器庫についての不備を、メイリーンが、ここの女官に訴えるよう手配しておきましたから」

「何をしたの?」

「ムーチェンは訓練に余念がないのは調査しています。それゆえ、正殿からメイリーンの得意な武器を隠しておくよう配下に手配したので」

「なんとまあ。さすがというか、すっかりやる気じゃない。頼もしい」

 

 横顔はいつも通り無表情で、なんか笑いだしたくなる。不本意なことでも完璧にやろうとするウーシャン。

 この男、やはり有能だ。


 任せておけば上手くいくのかもしれない。


 いろんな思いを抱きながら正殿に到着すると、室内から威勢のいい声が聞こえてくる。


「ヤーッ、ヤーッ!」


 ムーチェンの声だ。

 

 彼女は準備に怠りない。さすが近衛隊長だ。自分の立場を心得ている。


 戸口にかがみ内部を覗くと、大剣を扱い、型に沿った動きをしている。その滑らかな動きは、相当の使い手だ。


 わたしとスーリが腰をかがめて伺っていると、ウーシャンが背筋を伸ばして、躊躇ちゅうちょのかけらも見せずに入っていく。


 遅過ぎず、早過ぎず。

 まるで、気まぐれに立ち寄ったという風情で、中性的な色気を撒き散らかして歩いていく。


 ムーチェンは一瞥もしない。


 どうする、われらのウーシャン!


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