初顔合わせは、可もなく不可も……なくはない! 1
暑い日だったが、風が穏やかで過ごしやすい。
牛が引く輿に乗っての移動は、ゆったりして……。沿道に集まった人びとの声も聞こえてくる。
「うっわ、見て見て、すっごく綺麗な方よ、なんて綺麗なの」
「今回の挑戦者、美しすぎないか。これは、今度こそ勝てるよな」
「ウーシャンさまは、相変わらず凛々しく神々しい。ああ、ウーシャンさま、こっちを見て!」
「ウーシャンさま!」
そんな声が、左右から聞こえてくる。
橋から高い塀のある場所までくると、輿が止まった。白壁を区切るように並ぶ赤い柱があでやかな塀だ。
来る者を拒むように
「これが南御門です」
「門は閉まっているけど」
「お待ちなさい。わたしたちを確認しているのでしょう。すぐに開きます」
言葉の通り、しばらくしてギィーギィーギィーと軋み音を立て南御門が開いた。
「輿から降りてください。入る前に、沿道の人びとに、軽く会釈して」
「会釈したら、冠がずれるわよ」
「膝を軽く曲げて、頭はそのまま、まっすぐに」
「くっそ要求が多いわ」
わたしは見送る人びとを無視して、かってに門に向かう。
ひときわ高い歓声が背後から聞こえた。見るまでもない。ウーシャンが輿を降りて手を振っているのだろう。
「ほんとうに、ウーシャンさまは立ち居振る舞いのひとつひとつが絵に描いたように麗しいですわよね」と、スーリアンが感激している。
「とっとと行くわよ、スー」
「はい」
一歩、南御門内に足を踏み入れると、空気が変わった。
さらに低い塀があり、おそらく、ぐるりと御所を囲んでいるのだろう。その果てに建物の屋根が見え、背後に
白い
「正面に見える屋根が御所で、その先にあるのが
いつの間にか隣りに来たウーシャンが解説する。
帝の住む御所というより神殿のような雰囲気に満ちていた。
「ここから御所に入る門は、三ヶ所になります」
それぞれ東御門、西御門、南御門という通称があるそうで、
皇国に入る橋から門までは、多くの人びとで騒々しかったが、それは南御門に入るまで。その先は深とした静けさが漂い、人の気配がまったくしない。
「静か……。ここに住んでる人はいるの?」
「いません」
思わずヒソヒソ声になっていた。
「誰も住んでいないって、あんな大きな建物に? 帝は? 帝が住んでいるんじゃないの」
「帝はおりません。管理する人が月に数回、ここに訪れるだけで、誰も住んでいないのです」
「なんて無駄な」
「無駄が多いほど、文化が高いと言えます。
「意味がわからない」
「意味がわかることがありましたか?」
間違いなく、さらりとバカにしたな。この男、魅惑的で端正な顔をしているだけに、こういう所が、ほんとムカつく。
「ほらほら、またですね。感情がすべて顔に出ていますよ」
「え? あんたが嫌いだって出てた?」
「いえ、わたしのことを尊敬していると」
ウーシャンは楽しそうにほほ笑んだ。国の運命を背負う儀式に向かうには、いささか滑稽で、まるで勝ちを最初から諦めているみたいに思える。
「さあ、行きますよ。必ず勝利してください」
勝ちなど、まるで信じていないという言い方だ。この嘘つきが。
「何をするかわからないのに、勝利なんて約束できない」
「そこは申し訳ないと思っています。儀式の内容は誰もわからないのです」
低い塀のすぐ向こう側には、枝を広げた不思議な木が等間隔に並んでいる。
この場所は、ひどく不自然で人工的だ。
規則正しい秩序に支配された世界。なにもかも雑然として汚れきった貧民窟とは対照的だ。
ギギギィと南御門が閉じると、それに呼応して低い門が開いた。
歩を緩めず進むウーシャンは、この世界に溶けこんでいる。溶け込みすぎて、消えてしまいそうなほど、儚い。
「ウーシャン」
彼が振り返った。
「どうしたのですか」
「いえ、なんでもない。あんた、あまりにこの変な場所にハマりすぎてて。ちょっと怖くなる」
「わたしがですか?」
「まるで、同化して消えてしまいそう」
もし、ここにヘンスがいたら場違いこの上ないだろう。あの猫背で肩を斜めに曲げ、疲れたように歩く彼は、異物のような存在で、全力で消されそうだ。
何に?
それはわからないけど。
「参りましょう。この先に正殿があります」
「正殿って?」
「儀式の説明を執り行う場所です。儀式に従い関係者がつめています。ここから先は、儀式が始まったと思ってください。あなたにすべてを賭けます」
ウーシャンが、すがるような切実な感情を目に宿して見つめてくる。おそらく、わたし以上に、わたしが心配なのは、ウーシャンのほうかもしれない。
「勝つわ。金貨五十両、準備しているわよね」
「ここに至って駆け引きなど致しません。心に深く留めてください。唯一の味方はわたししかいないのです」
「心強いわ」
「物分かりが早い」
「褒められても、困る」
門をくぐると先は広場になっている。
砂利が敷き詰められているが、その膨大な石のひとつひとつが同じ大きさ、同じ方向に置かれ、ありえないほど不自然に秩序だっていた。その先に瓦屋根の正殿。
暑い日だったが、この場所はひんやりしている。
ジャリジャリと音を立て、正面の建物に向かう途中で、回廊に白い
その女──、
生きて血が通っている人間とは思えないほど、奇妙になめらかな動きをした。
正面まで進み、階段上で立ち止まり、ゆったりと礼をする。ちょうど四十五度まで上半身をかがめ、数秒、微動だにしない。
顔を上げる。
濃く塗った白粉で顔の表情を伺うことができない。真っ白い顔に真っ赤な口紅、眉は丸く灰色にぼんやりと描かれている。
「あれは?」
「進行役の女官です。彼女の気分を害してはいけませんよ。さあ、行きましょう」
人が三十人ほど横に並べるような横長の階段だった。
階段数は十二。
女官は無表情に待っている。急かすこともせず、ウーシャンも、また堂々とした態度で、ゆったりと階上に向かう。
「なんか、緊張してきた」
「それは珍しい」
「やっぱり、止めようかな」
「金貨五十両」
「ついて行かせてもらいます!」
ウーシャンが小首を傾げて、わたしを見ると、とびきりの笑顔を浮かべた。
あ、これは反則。
金貨五十両に、この笑顔って、心臓に痛みが走る。これが何の痛みなのか、知りたくないと思った。
(つづく)
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