皇都への道 1




 いったい、どこで間違えたんだろう……。


 爽快な青空のもと、わたしは豪奢で重量もあって身動きも大変な衣装に身を包み、馬車に乗っている。


 このアホらしいほど着付けに時間のかかる衣装のために、スーリアンたちは未明から大奮闘していた。

 わたしは立ったまま、皆が忙しく立ち働くのを、当事者でありながら、他人事のように見るしかなかった。


 着付けが終わると、全員が息を切らしたが、満足気げに、「本当に美しくおなりで。たとえようもございません」と感嘆している。


 そんなわけで、金貨五十両に目がくらみ、南煌ナンフォアン王国から皇都に入る橋を渡っている今。わたしときたら不安しかない。


 数日前、勢いで、「やります。やらせてもらいます」と、叩頭こうとうした。

 なんだか、ウーシャンの罠にはまった気がする。


 あの時、頭をちょっと上向けたとき、彼の口もとが少し上がるのが見えた。


「では、スーリアンから、この世界について学ぶように」

「は! 誠心誠意、がんばります」


 んなわけで、世界の仕組みやマナーを教師となったスーリアンに教えられた。


 巨雲じゅゆん皇国は、巫山かんなぎさんの頂上に建国された、三つの王国が覇権を争う連合国家らしい。


「でもですよ、シャオロンさま。どの王国を見渡しても、我が国のウーシャンさまほど、麗しく素敵な殿方はおりません。ね、そうでしょ。スーリアン姉さま」

「それは違いますわ、ズースー。過去から未来、すべての時間軸を見渡してもおりません」


 ふたりの目は、ウーシャンのことを語ると、キラキラと輝く。魔術にでもかかっているのか。

 あの嫌味男への崇拝こそ、ありえないと思うが。


「そんなにいい男なのか。さっぱり理解できない」

「シャオロンさまって、ものすごく初心うぶですよね」

「それよりも、今は勉強だ。わたしに教えて」

「ええ、ええ、もちろんです」


『なにかを学ぶに素直になれ。それが生き残る道だ』と、ヘンスがよく言っていた。 


 確かに、その通りだと思う。金もなく後ろ盾になる親もいない浮草のような人間は、貪欲に学び吸収することでしか生き延びる道はない。


 稀にいいことを言う飲んだくれのクソボスは、今頃、酒に溺れているだろう。

 もし、わたしが金貨五十両を稼いで戻ったら、なんて言うだろうか。

 喜ぶだろうか?


 それでも、半分壊れた掘立て小屋で、肩を傾け孤独に荒んだ目を向けるんだろうか。


 貧民窟にいた頃、わたしは、うっかり転んだふりなんてしながら、よくヘンスの膝に寝っ転がった。


 ヘンスは怒るが、気にせずに、そのぬくもりに浸る時間、わたしは安穏とした平和をむさぼった。


 ああ、そうだよ、ヘンス。

 あんたはウーシャンに負けない暖かい魅力があった。いつも女たちに言い寄られ適当にあしらっていた、そんなクズ男だったけど。


 嫌いな男ほど、強烈に記憶にとどまるって本当だ。

 ことあるごとに、彼を思い出す自分に辟易してしまう。いい思い出なんて欠片もないのに。


 わたしは頭を振ってヘンスの面影を消した。


「さあ、教えて。儀式まで時間が足りないんでしょ」

「はい、でも、儀式は教えられるものじゃないんですが」

「じゃあ、何するの? 白い儀式用の装束で舞ったりするわけ」

「シャオロンさま、なんか大きな誤解が」

「ズースー、シャオロンさまなら、大丈夫。霊峰瑞泉ずいせん山はお認めになるわ」

「山が認めるの?」

「はい、御山には神がいらっしゃいます。三国の代表を迎え、山神さまが……」

「山神さまが?」

「その後は、知らないんです。極秘の儀式で」


 まったく役に立たないったら。


 ともかく、三王国による儀式の結果で、その後十二年の水配分が決まるという。どういうこと?


 儀式の結果が、庶民の暮らしに直結する仕組みになっているのは厄介だ。それというのも、この世界で水源ほど重要なものはない。

 毎年の水の配分が、十二年に一回開催される儀式に左右されるなんて。


 が、そんなこと、わたしには関係ない。

 金貨五十両、金貨五十両だ。


 皇都は、三つの王国が表向き平和を謳歌して盛り立てているが、内情は足の引っ張り合いで、醜い覇権争いがあるそうだ。


 南煌ナンフォアン王国、フー王国、北栄ベイロン王国。


 三国は貧民窟から仰ぎみると、山頂に建国された国で、ほぼ円形の地形を三等分して、中心にある皇都を囲んでいる。


 どの国からも皇都に向かうには、広い堀に架けられた橋を渡る。


 南煌ナンフォアン王国にある城を出て、わたしは皇都に向かった。馬車にはウーシャンとスーリアンが同乗していた。


「それで、これから向かう皇都ってので何をするの」

「三国で選ばれた勇者により、儀式を行うのです」


 ウーシャンは軽く言葉を濁す。


「さらりと言うけど、その儀式って、痛いことはしないわよね」

「今は、この風景を楽しみなさい。きっと、後で癒しになるはずです」


 何か、はぐらかされた。

 確かに、この景色は麗しいけど。


 おだやかな風が髪をなぶっていく、どこまでも美しい世界。

 紺碧の空が広がる下を、長い橋を駆け抜けていく馬車の車輪の音。


 貧民窟は常に砂ぼこりが舞い、そそり立つ高い崖に阻まれ、太陽光はめったに射さなかった。


 開け放たれた窓に両手をつき、頬を休ませて、太陽光を直に浴びるのは気持ちいい。

 

 ガタガタという音を立てて疾駆していく。

 長い、長い、橋。

 下をのぞき込むと、深い堀が見えた。

 横を見ると、どこまでも続く水平線。

 前方には、赤い門があり、その先に華美な屋根が見える。


「いつまでも、こうして走っていたい」

「そうですか……」


 儀式のために着飾った豪華な衣装。


「たとえようもなく、お美しいです」と、スーリアンが頬を染めて感嘆した姿だ。


 皇居に入る関所で、わたしは輿こしに乗り、御所までの沿道を、南煌ナンフォアン王国から、わざわざ足を運んだ民びとの注目を浴びていた。


 いや、それは、わたしじゃない。


 隣りで退屈そうな表情を浮かべるウーシャンだ。

 優雅に腰を下ろしているだけで、人目を惹く。気品にあふれた佇まいは、彼の美しさを際立たせている。


 彼こそが南煌ナンフォアン王国で実権を握る第三皇子である。


「水源を得るための儀式なんて、そもそも平等に分ければいいじゃないの?」

「平等とは難しい選択です。どういう価値観で平等に分けるのですか。土地の広さ? 住民の多さ? あるいは、国土の生産物で? 皇都に対する貢献度。それぞれの国で意見が分かれます。たとえ平等に配分したとしても、それぞれに禍根は残ります。だからこその配分を決めるための儀式という訳です」

「意味がわからない」


 ふっと、彼はほほ笑み浮かべた。



(つづく)

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