初顔合わせは、可もなく不可も……なくはない! 3




 顔合わせが終わると、女官による基本的な説明に入った。儀式に参加するふたりは、あまり真面目に聞いている様子はない。おそらく、基本は知っているのだろう。


 静々と語る女官の声を聴きながら、午後の時間は静かに過ぎていく……。


 聖なる瑞泉ずいせん山が十二年に一度、開かれる。

 内部に入った者たちは、そこで試練を受け、勝者には点数が与えられる。

 三回の結果により、勝者が決まる。


 儀式は点数によって評価される。

 一位が五点、二位が三点、三位は0点。三回の儀式で、もっとも持ち点の高いものが勝利して、その後の十二年間、次の儀式まで優先的に水の配給がある。


 なんだか、ふざけた話だと思うのは、わたしだけだろうか。


 ウーシャンから一応の説明を聞いたが、やはり現場で聞くのとでは臨場感が違う。それに、儀式の内容は、毎回新しく変わるようで、過去の経験は、まったく役に立たないらしい。




『すべては山神のご意志です』と、ウーシャンが以前言っていた。


 頭脳と武力、臨機応変な行動力が大事らしいが、そんな漠然とした忠告では、なんの助けにもならない。


『十二年に一度ということは、前回の出場者は、まだ生きているでしょ』と、聞いたとき、ウーシャンは微妙な表情を浮かべた。

『その時の条件は十七歳から二十五歳までの男性でした。今回は女性、また十二年後は男性になるでしょう』

『そこは規則正しいのね。それで、その男が完敗したというわけ。彼には会えないの?』


 ウーシャンが口ごもった。


 あるかないか微妙に軽く頭を傾け、右頬を美しく長い指で触れたから、次に語る言葉は嘘だと気づいた。

 ヘンスが言っていたのだ。

 人は嘘をつくとき、平常とは違う行動をすると。

 わずかな行動を見逃さない。それは過酷な貧民窟で生き抜く知恵だ。


『彼は死にました。いえ、ご心配なく、儀式によってではありません。恥じて自ら命を絶ったのです』


 どれが嘘なのだ。

 儀式が理由ではないということか。あるいは、自殺ということか。それとも全部か。


 わたしは、この儀式で負けても全くかまわない。最悪の場合は金貨五十両はあきらめ、城から金目のものを盗んで逃げるだけだ。


『儀式で殺された訳じゃないのね』

『あたりまえです。そんな儀式ではありません。過去に事故死はありましたが、それは、あくまでも事故でした』


 あの時、彼の声も態度も自信にあふれ自然だった。今、思い出しても嘘ではなさそうだ。


 ならば、参加しても問題ないだろう。

 儀式で真っ向からムーチェンと腕力勝負なんて、悪くすれば殺されてしまう。


 代表がわたしなんて、完全に人選を間違えているが。王国で反対する者や指摘するものは誰もいなかったんだろうか。


 ムーチェンに言われるまでもなく、南煌ナンフォアン王国は最初から勝負を捨てているとしか思えない。

 わたし以外の参加者ふたりは、なるほどと思う人材だからだ。


 フー王国で近衛隊長だというムーチェン。大柄な彼女は鍛えぬいた身体を誇示している。前回の優勝国もフー王国だった。


 もう一人、北栄ベイロン王国のメイリーン。見るからに賢そうだ。この勝負は頭脳戦でもあるのだろう。


 対する、わたしは体力的にも頭脳的にもふたりに見劣りしている。

 

 おまけに、試練の内容は山神が決めるらしい。何者なんだ、その山神というのは。


 女官からの説明をひと通り聞いてから、南煌ナンフォアン王国に割り当てられた宿泊場所に案内された。


 寝殿から渡り廊下を歩いた中央の位置に、『紫菖蒲の間』と棟の上に門札があった。


 ほかの部屋も、渡り廊下を歩く先にあったが、割り当てられた棟はかなり離れている。


「こちらが、南煌ナンフォアン王国の方がお過ごしいただく、棟になります」と、どこからか現れた第二の女官が告げた。


 部屋の扉を大胆に開いたわたしは、かなり怒っていたし動揺してもいた。

 なぜ、わたしを参加させたのだ。儀式という甘い言葉に隠された、これは国の存亡を賭けた戦争のようなものだ。


 部屋の扉をスーリアンが閉じると、すぐ頭につけた冠をかなぐり捨てた。


 ウーシャンも入ってきたので、屏風びょうぶの裏に隠れ、乱暴に衣装を脱ぐ。ウーシャンは辛抱強く待っている。


「ウーシャン。なんの冗談なの。なぜ、わたしを代表にしたの」

「あなたを信じていますから」

「殴ってもいい?」

「お食事を用意させました」

「まったく聞いてないわね」


 南煌ナンフォアン王国は、過去、負け続けているとはいえ、これは最初から勝ちを捨てている。

 負けたときの人身御供に選んだのが、わたしなのだ。貧民窟育ちの孤児。


 競い合うふたりも、わたしのことなど眼中になかった。

 貧民窟出身と聞くと、ムーチェンなど、あからさまに目をむいたものだ。


 食事が届けられ、箸をつけても、怒りがおさまらない。不安でもあった。


 食事の間中、ここから逃げるには、どうしたらいいのか。さまざまな馬鹿げた計画を練ったが、どれも実行不可能に思える。


「珍しく、寡黙ですね」と、ウーシャンが続けた。

「今さらですが、逃げる方法など考えないことです。南煌ナンフォアン王国で、あなたは市民権がありません。どこに隠れてもすぐに発見されてしまいます。罪人は貧民窟へ落とされますから、あなたをかくまう人もいないでしょう」

「なに、さらりと残酷なことを言っているの。性格が悪すぎる」


 愉快そうにウーシャンは笑った。そのあけすけな笑顔を見ていると殺意すらわく。


「能天気に笑っているけど。ここであんたを殺して、貧民窟に落とされるって、それこそ、願ってもない話なんだけど」と、凄んでみせた。

「ほお、わたしが殺せますか?」


 言葉の途中で、わたしは目前の膳を蹴散らし、彼の傷ひとつない首を掴んで壁に押し付けた。

 力任せに締めつける。

 驚いたことに、ウーシャンは抵抗しない。

 さらに首を絞めると、軽く眉間を寄せただけで、苦しむ様子もない。


 と、次の瞬間──


 舞踏のように優雅にウーシャンの両腕がひるがえり、わたしの身体が、いとも容易に宙に浮き、くるりと回転して床に倒された。そのまま彼の足で両足を挟まれた。さらに両手を床につき、彼は自分の身体を支える。


 わたしの両手は彼の首を絞めたまま……。

 まるで、寝台で抱き合っているような体勢だ。


 ウーシャンが使った華麗な技は知っている。以前、ヘンスに教わった。


『気を操り、相手の弱い部分を刺激することで、体勢を変化させられる。体格差がある場合、この技はとくに有効だ。自分よりも小さい相手に対しては、さらに優位に立てる』


 知っているのに、技にかかってしまった。

 ウーシャンの顔が真上にある。銀色の美しい髪が頬にサラサラと落ち、額が触れるくらい近くに彼の顔があった。


「お逃げになるつもりか」と、ウーシャンはつぶやいた。


 彼の吐く息が唇に触れる。

 今から逃亡して、南煌ナンフォアン王国に戻り、例の鍵のかかった部屋に入り、何かの方法で貧民窟に戻る。それは、あまりに無謀な方法だろう。


「い、いや」

「賢明です」


 ウーシャンの首から手をはずした。いずれにしろ、仰向けになった相手の首を下から締めても力が入らない。

 彼の首筋が赤黒くなっている。


 視線が合った。

 わたしの心臓の鼓動が激しいのは、運動したからだろう。


「申し訳ないと思っています」


 そう言った彼の瞳に、いいようのない悲しみと憂いが見えた。

 なぜだろう。その時、ウーシャンが後悔しているように見えた。この目は知っている。あの目だ。ヘンスの絶望と孤独な目に似ている。



(つづく)

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