26.嘘に慣れる

「防衛機制?」

 肩に乗った白い羽根を払い、隣を歩く土井の言葉に鸚鵡返しする。

 電波塔の事件に折り合いをつけた僕と彼女は何事も無かったように街を歩いていた。

 殺人鬼曰く「人払いを継続してかけてたから目撃者はいない」らしい。なんというか腹立つくらい用意周到なやつ。

 あの羽根は間もなく光の粒子となって消えてしまった、立つ鳥は跡を濁さないらしい。


「もともとの意味は自己の欲が満たされないときに無意識で行う防衛方法のこと。あの白い羽根は錬村に結びつけられた、死にかけたときに発動する魔法みたいな……天使パワーだよ」

「白崎の言い方に合わせなくていいから」

「攻守に優れた白崎家らしいよね。使い切りの能力だから多分大本の白崎には伝わってるけど」

「へー」

 白崎に僕が死にかけたことが伝わってるのか。土井と二人で放課後出かけたことは知られていて、そして家に帰るまでに能力の行使が確認されていると。

「それ……まずくないか」

「めっちゃまずい」

「なんでお前はそんなに冷静なの?僕が死にかけたんじゃなくて殺されかけたって知ったらどうなるか分からんぞ。やだよ?友達同士が殺し合うとこ見るの」

「ふーん」

 にやにや土井は口元を緩めている。

「なんだよ」

「白崎に大事にされてる自覚はあるんだ」

「うっ……ともかくだ、天使と悪魔の怪獣大戦争に巻き込まれる気はさらさらない。だからでっち上げるぞ」


 白崎が納得できる、納得はしなくても腹に納められる程度の嘘をつかなければならない。もし二人が喧嘩して、オリ曲が作られなかったら最悪だ。

 誰も得しない結末は避ける必要がある。

 あれも一端の活動者だ、酸いも甘いも知る大人の一面を持っているはず――例え疑わしくても僕らが折り合いを付けられれば、その嘘を飲み込む程度の許容はあるはず。


「僕と土井がここまで来たのは本当。興奮した僕が足を滑らせて落下してしまう、お前はパニックになって助けようと能力の行使――例えば時間停止を使うのを忘れていた。地面に激突するギリギリで天使パワーが作動、一命を取り留める。異論はないな、よしこれで行こう」

「すごい……嘘をつかせたら一流だね」

「怒っていいか?」

 冗談だよ、と土井は肩を竦めてテンションを一段階落とす。

「お前から言ったら誤解を生みかねない。僕が全部話すからフォローするくらいにするんだぞ」

「ふふ、わかった」

「なにが面白い」

「二人共、お互いにお互いが大切なんだね。私が入る隙は無さそう」

 いつになく晴れ晴れとした笑顔を見せる土井に違和感を覚える。

 無理しているような、まるで勘違いを恥ずかしく思っているような。


「あー僕はファンじゃなくなったが、土井のことが嫌いになったわけじゃないぞ。今後とも友人としてよろしくしてほしいとはひしひしと感じている。白崎はこれからも土井の解答者のままだろうし、曲作ってもらえることをこの上ない喜びに思ってるはずだ……なんというか、僕らはお前も大切に思ってる。仲間外れとかではないからな」

「錬村は焦ると早口長文になるよね」

「なっなにおう!オタクが一番気にしてることを容易く言いよって!」

「あはははっそんなに怒らないでよ。図星だったからってあはははは!」

 腹を抱えて大笑いする土井。

 彼女には気を遣うような雰囲気はなく、ただ頬を赤くして過呼吸手前くらいの勢いで楽しそうにしている。配信でも見たことのないキャラじゃない姿に目を奪われる。

「笑い過ぎ笑い過ぎ、さすがの錬村さんも傷付くから」

「ごめんごめん……はー面白い」

 腹を押さえた彼女は体制を戻すように伸びをする。

「そういえば、しきりデートしたいって言ってたのはなんで?」

「そりゃ推しに殺されるよかデートの方がマシだからな」

「言うね」

「推しにお誘いを受けたら、誰だって浮かれるだろ。デートだったらもう最高、『壁でありたい』なんて自己の正当化のお為ごかしだからな」

「最悪なこと言ってる」

「これが推しに近づこうとした罰だって言うんなら遠慮なく受け入れるよ……というか受け入れてる。活動者ってのは遠目で見るくらいでちょうどいい」

 土井は数歩先を行き、立ち止まる。

「もし、もしだよ……デートに誘ってあげるって言ったらどうする?」

「もう懲りたよ。命がいくつあっても足りない」

 その場に止まったままの彼女を追い抜いて、少しの距離を歩き――追い付かない土井を不思議思って振り返る。笑い声は聞こえない。


「私の名前を呼んでくれても良かったのにね」

「土井?」

「なんでもないよ」

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