16.LO(ライブラリアウト)
「……今日どんな感じだった?」
『普通だけど』
「あっそう」
『…………』
「…………スゥ」
コラボをしてから数日後の休日。
昼下がり、白崎は部屋に籠り、マイクへ気まずそうに声を通している。
今は配信外でコラボ中にqedが漏らした曲提供に関する話題――オリ曲の話について打ち合わせしている最中だった。通話欄には臼裂とqedだけ……曲制作となれば本来運営が介入して、あらかじめ話を付けているものなのだが、「同級生なら信頼できるだろう」とqed運営の粋な計らいによって、タイマントークを強いられていた。
溜息をつく臼裂。
「気まずい……ごめん私たちじゃ無理だわ。救援を呼ぶ」
『救援?』
「錬村、どうせ暇してるだろうし。ちょっとミュート」
qedの『気にしないで』という台詞を待つより先に、すぐさま臼裂は錬村へ電話をかける。
十コール程度待つ……「なんだ白崎か」錬村の気だるげな台詞に軽く笑う。
「ちょっと通話入ってくれない?チャンネル共有するから、今すぐ」
要件を言い終わった白崎はすぐに電話を切ってしまった。
「おいどういうこと……ってもう切れてるし」
自室で平日追い切れなかった推したちのアーカイブを倍速消化していた僕は一時停止させて、deathcordを開く。臼裂のDMを開いて、新着メッセージのURLをクリック。
『オリ曲作戦会議室』
なるほど。一緒に配信したとはいえ、オフだと気まずいってことだろう。
チャンネルの下部、VCには既に二人が入っている。テキストチャットには挨拶と方針決めの痕跡が残されているが、有益な話し合いにはならなかったらしく、臼裂からの『VCいこ』でこと切れていた。
「お疲れ様です」
『うい~』
『お、お疲れ様です。えっと……ラムネさん?』
『錬村だよ、ラムネはハンドルネーム。本名でネットしてる人おらんでしょ』
「あんまHNいじんな。臼裂くのら運営のラムネです、今日はよろしくなqed」
『うん。よろしく』
「で、どこまで決まってるの?細かいお金と権利の部分は置いておいて、どんな曲にするかくらいは固まったんじゃないか?」
『『…………』』
「お前らの沈黙で把握したよ。楽曲云々の話は僕よりqedの方が詳しいだろ、なぜ止まってる」
『くのらに「私の曲のどんなところが好き?どの曲が好き?」って聞いたらエンスト起こした』
「しーろーさーきー?」
『正面切って言うのハズいじゃん……』
「いいから言え、もしくは好きな曲貼れ」
『なら貼るわ。何曲くらい?』
『三四曲あればいいよ』
チャットに四曲、数分も経たずにURLが貼られる。
鏡壊/qed[Official Music Video]#鏡壊
アイリスを摘む/qed[Official Music Video]
植物事変/qed
ultramarine blue
『へえこういう曲が好きなんだ。どういうところが好きなの?』
『どういう!?え、それも言わなきゃいけないの』
『言ってもらった方が曲の方向性が決めやすい』
『……テンポが良いところ、感情が乗っていて歌うのが楽しいところ、歌詞が自分のこと歌ってるみたいに共感できるところ、暗いんだけど逆境に立ち向かうみたいな、ただでは済まさない雰囲気があるところとか』
『分かった』
『な、なら良かったです』
『次はどんな曲にしたい?』
『まだあるんだ!?』
『作曲作詞は私でいいんだっけ』
『うん、いいよ』
『じゃあテーマから決めよう』
『あ、それはもう決めてある。えっと画面共有するから見てもらえる?』
臼裂は自分の画面を共有させて、僕たちはそれを開く。
映し出されたのは白紙に『曲のテーマ案』とデカデカ書かれたスライド、多分このあと何枚か出てくるのだろう。時間が無かったのかシンプルな作りである。
「これは……まさか?」
『パワポだね』
『今日のために頑張って作ってきました!』
僕は吹き出した。
「い、いくら有名になりたいからって他人の十八番を奪っちゃ駄目でしょ……」
『ちょっと思ったけど!オフレコなんだからいいだろ!?』
『な、なんの話?』
「こいつがいつかボロ雑巾売りそうで心配って話。まいいから次のスライドにして」
少し納得がいってなさそうに臼裂はページをめくる。
そこに書かれたのは箇条書きの歌いたい内容ではなく、一つの物語だった。
架空の、自作されたおとぎ話がつらつらと書かれている。
僕はこの話を全く知らない。
題名は――
『テーマはこれ。なにか分からないことがあったらその都度聞いてくれたら良いから』
『……いえ、その必要はないと思う。私はこの物語を知っているから』
『そ、良かった』
『錬村、じゃなくてラムネはこれに見覚えはある?』
「いや見たことないな。天使の話みたいだし、天界とか魔界の有名なおとぎ話なのか?」
『そう言うと思った。ラムネらしい答え』
「浅学で悪かったな」
臼裂くのららしい物語、それもqedの作る曲らしさもある。
節目のオリ曲と言えばリスナーへの感謝を伝える、自分の軌跡をなぞる曲が多いけれど、そこからは大きく外れた我儘な内容……それもまたらしいと言えばらしい。
この物語がどんな曲になるか、いちリスナーとして今から楽しみだった。
「一応聞いておくけど、このオリ曲を投稿したらVTuber辞めるなんてことないよな」
『絶対辞めないけど、なんで?』
「……別に、なんでもない」
このおとぎ話を読んだら誰だってそう思うだろ。
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