取材をしようっ!!
15.カフェインハイ
ピンポーン。
夜中、編集中にチャイムが鳴る。
ヘッドセットを外し時間確認。パソコンには『00:06』の表示、こんな夜更けに一体誰だろう。
ここはオートロックのマンションで、容易にピンポンダッシュができる環境ではない。
白崎が夜食を作ってくれと訪ねに来たのか、近隣住民が文句を言いに来たのか、それともウーバーの配達員が部屋を間違えたのか……。
机の上で冷めたコーヒーを少し飲んで、席を立つ。
暗い廊下に暖色の照明を灯して、ぺたぺた裸足で玄関まで行く。そろそろ寝たいんだけど。
片足だけつっかけを履いて覗き窓に顔を近づけ――えっ、いやいや。そんなわけ。
きっと疲れているのだ、目をこすりもう一度覗く。間違いない、彼女だ。でもどうして。
「へくちっ」
黒い小さな影は可愛らしいくしゃみをして、体を震わせた。
困惑していた頭は切り替わり、風邪をひかせてはいけないと様子を見るのをやめて扉を開く。
「見てたなら早く出てきて」
彼女はこちらをきつく睨むようにして頬を軽く膨らませる。
黒い傘、黒猫のフード、形容し難い近未来チックな服装。
ばっさりと開いた肌の見える背中、肩甲骨から伸びる悪魔の羽と腰から生える悪魔の尻尾。
隣の席の同級生、土井――もといVsingerのqedが僕の部屋の前で待っていた。
部屋へ招き入れて、リビングのソファへ座らせる。
qedは見慣れない他人の部屋のインテリアや小物に怯えるように縮こまっている。
自分はキッチンに立ち、一人分のコーヒーを淹れていた――大層なものではなく、ただのインスタントで、お湯が沸くのを待っているだけだけど。
「色々聞きたいことはあるが……まずはどうやってここに来た?オートロックかつ高層だぞ」
「瞬間移動」
「なるほどなあ、瞬間移動かあ。そりゃあ便利そうでなにより」
「便利だよ」
いきなり理解の範疇を越えたので思考を放棄する。
「じゃあ最後に、なにをしにここに?白崎なら隣の部屋だけど」
沸いたお湯を粉末の入ったマグカップに注いで完成、ソファ前のローテーブルにお茶請けと共に出す。今日はクッキーだ。
「聞きたいこと色々あるんじゃなかったの?」
「瞬間移動出来る奴にもう聞くことなんかねーよ」
鋭い目つきを少し柔らかくしてくすりと笑う。
「ありがと」とこぼし、白い湯気の見えるカップを手に取った。
「私、くのらの曲制作を引き受けたでしょ?」
「らしいな、ありがとう」
「お礼はいい。対価はきちんと貰ったし……ここには取材しに来た」
「取材……?だから白崎は隣の家で」
「違うよ」
qedはいつの間にか飲み干したコーヒーをテーブルに置いて、僕の腕を力強く引っ張る。
逃げられないように捕まえられて、僕とqedの目は合う。
息もかかってしまいそうな至近距離で彼女の艶やかな黒髪が僅かに肌に触れた。
ぼんやりとした表情、上気した頬、目が少しすわっている。
まずいこれは。
「あのqedさん、ちょっと近いというか痛い!今すぐ離して!ファンと推しとの適切な距離を考えて!ファンが言うのもおかしいし、物理的距離を想定されてない文言だけど!」
振り払おうにも力が強くて身動きが取れない、夢中になったようにqedは何も話さない。
長いまつ毛と二重の宝石のような目、暗く黒くどこまでの沈み込んでしまいそうな安心感のあるそれには僕の顔が映っている。微かに彼女の息は荒い。
「私は錬村を取材に来た」
「しゅ、取材……?」
「これからここに泊まるから。よろしくね」
「はいい!?」
有無を言わさないまま力強く引きつけ、被さるように体勢を崩した僕を抱きしめる。
小さな体の女の子らしい柔らかさと幼い甘い匂いが体を包んで、くらくらしてくる。
「まずいって!僕が社会的に死ぬ!推しに手を出した不届き者として生きていけなくなる!」
離れようとするこちらの意思を介さず、上機嫌に彼女は肩に嚙みついた。
「かぷっ」
「痛いっ!」
「かーぷっかーぷっ」
「があっ!?」
qedがカフェインで酔うのを知ったのは少し後のこと。
今は彼女が取材――もとい錬村家でお泊りを始めた経緯について語らなければならない。
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