17.お金が無い!

『と、こんな感じで』数枚のスライドを捲り終わり、自信なさげに言葉を終える。

 一枚目が題名、二枚目がおとぎ話。それ以降は臼裂の提示した物語についての補足であったものや、この曲の意図を示したものだった。

『あとでデータくれる?覚えられない』

『もちろん』

 短く肯定した後、見計らったようにqedは質問する。

『これはOutubeに出すやつなんだよね?』

『そうね』

『オフィシャルのMVつけるやつ』

「そのつもりだな」

『うちで作ろうか?』

『「ええええええええええっ!?!?」』

 二人の声が重なり、qedは『うるさ』と短く文句を言う。

『う、うちっていうとあの天下の「oddlensおっどれんず」様だよね?』

「にしてもアリなのか?そんなの臼裂は個人だし、流石に職権乱用では」


 oddlens――色眼鏡で見られても挑戦を続けるVTuber運営組織。

 qedが所属する企業で、バーチャル関連の技術には一家言あり、Vsingerが所属するだけあって独自のライブの箱を所持している。Vsinger好きなら一度は聞いたことのある名前である。


『そんなことない、権利を丸々買うわけじゃないでしょ。どうする?MVもってなると私だけで全部決められなくなるけど』

『そりゃもう是非、』

「うちの予算では無理です」

『そんな食い気味に!?予算とかどうでもいいよ、こんなチャンス滅多にないのに!』

「臼裂の財布は僕が握ってます。ざっくりでいいから、いくらかかるか教えて?」

『分かった』

 

『ぶーぶー……絶対作ってもらった方が良いのにー』

「あのなあ九万人の弱小個人Vじゃやれることに限度があるんだよ」

『登録者数1万人が上位15パーセントの世界で生き抜く私に文句があるってのか!?』

「ありまくりじゃ!!主にリアル方面でな!!」

『ざんねーん今の私は臼裂くのらで白崎さんのことなんて分かりませーん!』

「こんの駄目天使ィ!!」

『痴話喧嘩終わりそう?』

『「痴話喧嘩じゃない!!」』

『よく声が揃うね。予算だけど、曲の方も含めて……このくらいあるとできるよ』

 qedはチャットに金額その内訳の概算を書き込む。

チャットにはまあ安くない、というか払える気がしない金額が表示された。

『スウ……これえ…………まじかあ』

「曲だけでこんなにするのに、MVこんな……え?登録者数二十万人の世界ってこんななの?企業勢強くない?qedさんMV付きの楽曲こんなにかけてるんですか?」

『私が作詞作曲するし、たまにMVも自作するからこんなことにはあんまりならないかな。でもここと……ここ……の数字が無くなった額くらいはかかるよ』

『「おおう……」』

 まあそれでも活動資金が割と飛ぶ額である。

「臼裂、諦めよう」

『私たちには過ぎた望みだったってことね』

 臼裂の姿は見えないが、僕と同じ遠い目をしてるに違いない。

『でもMVどうしようか。普段通り私たちで作る?』

「出来れば誰かに頼みたいけどなあ」

『それなあ、ぬるぬる動くアニメの私見たいなあ』

「無茶言うな」


『……くのらは3Dまだだよね』

『今急にマウント取られた?』

 3DはVTuber界隈において立体的な3Dモデルのことを指す。ゲスな話をするならかかる金額はMVどころではない。

『違う違う、3Dがあると裏技使えるんだけど……残念』

「あー街の風景撮影してそこに体置くやつ?さもそこで歌ってるように見える」

 街の風景を撮影しておき、そこに合成でVTuberが歌っている様子を乗せると、街で歌うVの姿が撮れる。街の雑踏にVの体があるだけでそこそこ映える絵になるし、何曲かMVでそんなものを見た覚えがあった。

『や、あれもそこそこお金かかってる。そうじゃなくて、私たちだけできるとっておきの』

『あっ……分かった。でもいいの?できる?』

『何度かやったことあるけど大丈夫。規約には反してないし、誰にもバレない。おまけに安い』

『んーじゃあいいのかなあ。よし!多分大丈夫!それで行こう』

「ちょっとー人間の僕が置いてけぼりですよー。説明求む」


『天使の姿をした臼裂くのらがリアルで撮影するってことだよ』


「は、い?」

 あまりに突飛な発言に頭の処理が追い付かない。

 『リアルで撮影』そんなことすれば身バレ確定、今まで三年間の努力が水の泡である――天使の姿、確かに白崎の天使化は現実味が無くて、コスプレにはない生々しさが見られるが、バーチャルと区別がつかないというほどではないだろう。

『あ、難しかった?』

「難しいも何も、そんなことしていいのか?」

『いいのいいの。天使ちゃんの不思議パワーでバレないから』

「説明雑!」

『えー?詳しく言っても分かんないと思うよ?天使は上等種族で人間の理解の範疇を越えてる存在だから視認する際都合の良い形に留められるんだけど、MVっていう動画媒体に納められるとバイアスかかって「臼裂くのら」に収束するとか言われても嫌じゃない?』

「すっごい嫌。お前が賢いこと言ってることが不快だった」

『こちとら学年トップの学力なんですが!もとより賢いんですがっ!!』

 ノイキャンするくらいうるせえ。

『ともかく、不思議パワーで区別はつかない。リアルもバーチャルもね、いったんその理解でいいから。オーケー?』

「お、おーけー……」

 臼裂の天使化した姿を見たときも、土井の悪魔化した姿を見たときも、それが臼裂くのらやqedだと分かったのはその不思議パワーとやらのおかげなのかもしれない。


 話がまとまりかけたそのとき、qedが口を開く。

『VTuberなのに実写で撮るっていうのは不健全だし不誠実だからこれは奥の手。いつか差し替えられるようにしとこうね』

『「は、はーい……」』

 何かその発言にはqed以上の人間の意思が感じられて恐ろしかった。

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