18.悪魔的所業

『じゃ、私約束あるから』

 自分の役割は終えたと言わんばかりに臼裂はそう告げてVCから抜けた。

「人呼んでおいてそいつより早く落ちるってどゆこと?」

『仕方ないよくのらだし』

 配信準備か、ゲームの約束だろうと推測を立てつつ、苦笑するqedに申し訳ないと謝る。

 あいつと打ち解けては……いないみたいだが、生態を把握しつつある彼女の様子にどこか安心していた。出会い頭の拒絶っぷりからは考えられない成長である。


『くのらもいなくなったし、もう一回聞くけど。これに見覚えはないんだよね?』

 これと言うと、臼裂が見せたおとぎ話のことだろう。

 腹の中にぼとりと何か消化しにくい塊が落ちて、額に冷や汗が滲んだ。

 そんなこと答えられるはずがない。

「わざわざ臼裂がいないことを強調しなくてもいいから……僕の意見は分からずNOだ。こんなもの見たことなんてない」

『…………ふーん』

 何か言いたげな含みのある相槌。

 『僕が見知っていることが分かっている』悪どい聞き方だ、こんなもの質疑応答の形を成していない。僕が何と言おうとも、彼女はここに書いてある答えをなぞるだけで良いのだから。

 焦りを追いやるように臼裂が貰ったPPのデータをなぞる――



『嘘つきと天使』

 少女は小さい頃から一人の嘘つきと仲良くしていました

 少女は正直者でみんなの人気者、けれど嘘つきは嘘をついてばかりで友達がいません

 嘘つきはあるとき言いました「少女はまるで天使みたい」

 少女は本物の天使になることを決意します

 周りの人たちがやった方が良いと言う中、嘘つきだけはやめたほうがいいと言いました

 少女と嘘つきはけんかをします

 けんかの途中で嘘つきは「じゃあ僕が手伝うよ」と折れてくれました


 天使になるために少女はとても努力をしました

 みんなは何も手伝ってくれませんでしたが、嘘つきだけはずっと一緒に頑張ってくれました

 何日も、何か月も、何年も、ずっと一緒に頑張りました


 少女はとうとう天使になることが出来ました

 みんなは天使を称賛します、けれど嘘つきには目もくれません

 嘘つきも同じくらい頑張ってくれたのに、その頑張りを知る人はいません

 少女は人ではなくなってしまったから

 天使は嘘つきも同じように称えられるべきだと思いますが、嘘つきはそれを拒みます

 むしろ誰にも知られていないことを誇りのように思っています


 天使はそれが許せなくて、苦しくて、少女はそのときようやく気付きます

 嘘つきは少女だろうと天使だろうと共に歩んでくれることを

――机に肘を立て、片手で頭を抱える。

 知らないはずがない。

 『嘘つき』は僕で、『天使』は白崎。ここに綴られているのはこれまでの『臼裂くのら』の活動をフィクションの形に落とし込んだものだ。

 一度棚に置いていたもやもやとした気持ちはqedの言葉で再び卓上に乗せられてしまった。

 もし脚色無しに内容通りのことを白崎が思っているんだとしたら、あいつはこの曲を世に出してVTuber生命を終えかねない。

 それは避けなければ、でもあいつが望む結末ならそれを見送るのがファンの役目ではないか、けれど臼裂がこれから活躍していく様を見たい気持ちもある。


 目が回る、気持ち悪い。


『なんで錬村に見せたんだろうねこれ。私に見せたのも驚きだけど』

 これは告白だ――恋愛関係というより懺悔方面の。

 わざわざ心の内を見せたのには意味がある気がする。ことが終わるまでに、曲が出来て、MVが投稿されるまでに何か言わなければならないのだろう。

「けどどういう意味だあ……?」

 ミュートにして、ため込んだ息を吐きだすように呟く。

 きっと彼女は何かしてほしくてこれを見せたはず、qedだけに共有しても曲は完成するのに、わざと第三者の僕に。しかしこの行為から導き出すべき行動に見当がつかない。

 もう一歩なんだ、白崎を知り臼裂を知る者としてやってあげられることがあるはず。

「……一旦保留だな」

 この短時間に結論は出ない、思考を棚上げしてミュートを解除。

『面白いね、二人の関係性が見えてきた』

「勝手に楽しむな。性格の悪い」

『悪魔なので私は』

 qedはくすりと笑う。画面の前で口角を歪ませ、鋭い目を細めている様子が想像できる。


『けどまだ分からない部分も多いね、曲を作るには足りない』

「臼裂に聞け。僕はその物語を一切知らないから」

『まだ言うの?』

「それが臼裂とリスナーの為だからな」

 記念のオリ曲が視聴者も分からない身内ネタで許されるわけあるか。

 これは架空のおとぎ話、僕は無関係、それがいい。

『今度色々聞きに行く』

「ん?まあ対面の方が具合良いこともあるか、白崎に言っておくよ」

『そうじゃないんだけど……まあいいや。来週中にはそっち行けるから』

「おう来い来い。住所貼っとくな」

『知ってるからいい』

「なんでそんな個人情報握ってるの?――



 ――そういえばそんな話したっけ」

 僕はqedに頭をかじられながら事のあらましを思い出した。

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