34.天使が落ちる日

 灰色の分厚い雲の下、日陰と日当たりが曖昧になって人々は皆足を止めている。

 彼らは一様にあるビルから落ちてゆく少女に魅入っていた。

 焦りは無く、驚く暇も無く、ただ呆然として落下を見守る――身投げしているわけではないとここにいる誰もが確信していた。

 その少女は自暴自棄とは言い難かった。琥珀色の眼は死んでいない。

 四枚の白く大きな翼、頭の上には蛍光灯のようなヘイロー、白く瀟洒なドレス。

 そのどれも生々しくて、とても作り物とは思えなくて、この世の物とも思えなかった。

清廉で無垢で神性。

 強烈な存在感は彼らの核たるアイデンティティを揺るがし、あれが人ならざる者だと直感させた。少女は天使であると、彼らは認めた。

 

「くのら?」

 大衆の一人、赤髪の美青年はそう呟く。

 確信と興奮が入り混じった声を震わせて、見失わないうちに急いで携帯を構える。

 液晶をピンチアウトさせると、画面いっぱいに天使が映し出させた。

 最近のスマホは機材として十分な性能を持っている。

 遠く離れた落下中の少女の顔を判別できるくらいには高品質なのだ。

 その顔はその容姿はその格好は間違いなく、臼裂くのらだ。

「やっぱりこの町にいたのか」

 青年の中で一度崩したパズルは猛烈なスピードで組みあがっていく。

 白崎はくのらであると確固たる自信が湧いてくる。


 パシャリ。

 気付けば構えたスマホで写真を撮っていた。

自信は思い込みに形を変えて、承認欲求に近づく。

 いつの間にか開いてしまうSNS、止まらない指、この事実を広めたい好奇心は抑えきれない。

 『降ってきた天使は臼裂くのらである』という趣旨の文を乗せ、呟きのボタンを――

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