35.剥がれる猫被り
「でさあ、繁華街方面のビルに天使がいたらしいよ」
「天使?」
「あの動画の天使だよ!知らないの?ほらこれ!」
「わっすご……本当に天使じゃん。近所にそんなのいたんだ」
「まだいるかもよ?放課後見に行こうよ」
となりの同級生の会話が聞こえてくる。
そこからも彼らは昨日現れたという天使の話を続け、あることないことを妄想し出す。
二人だけではない、クラス中、高校中がこの話で持ち切りになってしまっている。
登校中、そこかしこからが耳に入る天使の話題。
ショートホームルームが始まらないくらいの朝っぱらからこんな盛り上がりを見せているのだから、まだまだ盛り上がっていくのだろう。
血の気が引いてゆき、昨日の景色がフラッシュバックする――
――なんでスマホに映ってるんだ」
屋上、携帯を持つ手を降ろし呟く。
土井の言い分ではカメラに今彼女は映らないはずだ
誰かに見られている感覚が体を走る。嫌な予感がした。
スマホの録画停止を押すより先に、白崎と土井が落ちた屋上の側面へと走る。
手すりに体重をかけて下をのぞき込む――誰かに見られている感覚は強まった。
すぐ近くに繁華街があり、オフィスビルが立ち並ぶ、人通りの多い場所。
賑わいには違和感が含まれていて、流動的な人の流れは、今止まっている。
人々は見えるはずのない天使に魅入っているようだった。
すぐに撤収して、一時は切り抜けることができた。
一分に満たない天使の出現は都市伝説として扱われるものだと天使と悪魔は口をそろえた。
だが、どうだ。
実際は信憑性高く事実として大きな波としてずっと広まっている。もう僕はこれに収拾がつく気がしない……ほとぼりが冷めるまで大人しくしておくのが吉だろう。
隣の席に土井はいない。
居候の彼女はいつの間にか我が家から撤収していて、荷物一つ残されていなかった。
今朝からレインで生存確認を飛ばしているのだが、全くの音信不通。
責任を感じてるのかもしれない。
事態は土井の人払いの術が解けてしまっていたことが発端だ。彼女の技術におんぶにだっこだったから疲労が溜まり、それで術が解けた可能性もなくはない。
つまり全て土井の非というわけではない……ともかく今は安否が心配だ。
ガララッ!
勢いよく扉が開かれ、思い思いに話す教室には静寂が訪れる。
開いたのは白崎だった。今日に限っていくら起こしても起きず、そのまま放置したのだ。
彼女の寝起きが悪い日は月に一度くらいある。
顔は赤く、肩で息をしながら下を向いていて――急に視線を上げる。
「土井!!いる!?」
猫被りのいつもの口調とはかけ離れた迫力にクラスにどよめきが走り、土井の所在についてぽつぽつと話し合う声が聞こえ出す。
わーすげー怒ってるなあ、これは土井登校しなくて正解だよ……あっこっち見た。
「白崎さんどうしたの?土井さんが、なに?」
「ごめんちょっと後で!錬村ちょっとこっち来い!事情を説明しろ!」
いつも仲の良い友人を無視して、白崎は僕の腕を掴み引っ張る。
「痛い痛い痛い折れる折れるから!僕のか細い腕がへし折れちゃう!お前は度々自分の力というものを理解していない、もっと丁重に花を扱うようにだな」
「うるさい!いいから!!」
「ぐわーっ!?」
後ろの扉から引っ張られるままに連れ出され、教室を後にする。
「な、なんか怖かったね。白崎さん」
「うん、別人みたい」
そんな声が僅かに聞こえた。
「はあ……はあ……う、腕が砕けるかと思った…………」
「こんくらいで弱音は吐かない!ここまで来れば大丈夫よね?」
まだ魔方陣の落書きが残る空き教室、時計はそろそろ朝のホームルームの時間を示している。
白崎の怒った顔、なにが言いたいのかは明白だった。
「これ!なにこの動画!土井が見えなくしたんじゃないの!?」
取り出したのはスマホ、ツブヤイッターの投稿を見せてくる。
そこに映し出されたのはほんの数秒、四つの翼をもつ天使が高層ビルから落ちてゆく様子を撮影したものだった。
その呟きは万バズ――多くの人に見られ拡散されてしまっており、ネットニュースとしていくつかのサイトに取り上げられていた。インターネットタトゥーを完全に消し去ることが不可能であるように、これを全くなかったことにするのは難しいだろう。
「これか皆が話してたのは」
「なんでそんなに焦ってないの!?緊急事態なんだけど、私大ピンチなんだけど!」
「ま落ち着け。この前天使化したときバイアスがどうとか言ってたろ?つまり臼裂くのらを知らない人にとってあれは『形容し難い天使のようなもの』に見えるわけだ。結論身バレはしないし、とにかく騒ぐ問題じゃない」
「あんたあの話ちゃんと理解してたの!?」
「舐めてんのか」
納得しかけた白崎は、はっと気付いたように頭を抱えて叫ぶ。
「そうじゃないのよ!いやそっちは心配してないというか、もっと危険な状況が迫ってるというか、とにかく土井は!?あの子どこにいるの!?」
「そんな怒るなよ、ああいうことを故意でするやつじゃないだろ」
「そんなこと分かってる!私はあの子と手を組んで戦わないといけないの!!」
顔を真っ赤にして動揺をあらわにする白崎に違和感を覚えて、どういう意味なのかを聞こうとした――けれどそんな意味は無かった。
『qed様には自宅謹慎及び能力の制限を施しております』
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