5.演技克服デート~オシャレ喫茶店編~
二人で校舎を出て、街の中心方向へと徒歩で向かう。
高校自体この街の結構栄えている場所に建てられているため、歩きでも充分である。
目的地はカフェと雑貨屋で、道中にそれらしい建物があったら入ってみようと言っていた。
雑居ビルと入り組むような路地が増えて、通行人も徐々に多くなってゆく。
カフェらしき店構えもぽつぽつと見え始め、台本内容に近い店を見つけるのに時間はかからなかった。少し寂れたレトロなお店、ガラス窓から見える店内に人は少なく、イメージにぴったりである。
先に扉を押そうとして、制服の裾を掴まれる。
「……やっぱ無理、帰る。誰もいない教室ならまだしも、知らない人がたくさんいるここで読むのは無理」
「原稿読むだけなのに?」
「こんな!恥ずかしい内容!人様に聞かれたくないのよっ!」
地団駄を踏み、激高している。
聞き手にあーんしたり、あざとくケーキを食べたり、コーヒーが飲めなかったり、恥ずかしい要素が見当たらない、至って健全なシチュボだろう。
やはり白崎にカップルムーブは難しかったか。ここは一つ機嫌を取らないと収拾がつかない。
「白崎、なんでも頼んでいいぞ。僕がお金を出す」
閃光の如き速さで扉が開き、彼女が扉を押さえて僕の入室を待っている。
ドアベルが聞いたことないくらい激しく鳴っていた。
「なにしてるの?早く入らないと他の人に迷惑でしょ」
「現金過ぎるだろ」
「わざと乗ってあげたの、感謝してもいいんだけど?」
「さすが天使様は懐が深いですね」
皮肉な物言いだったのに気にしていない様子、むしろ褒められたと思ったのか上機嫌だった。
ぱたぱたとこちらにやってくるウェイトレスと応対をして、四人掛けのテーブル席を案内してもらう。
店内は暗く、アンティーク調の家具が並んでおり、懐メロが薄くかかっている。常連らしい客が数名いるだけで、高校生は僕たちだけのようだった。落ち着いた雰囲気で、かなり静か。カウンター席の男性の微かな話し声がはっきりと聞こえるくらいだ。
メニューに二人で目を落とす。
ホットケーキやオムライス等懐かしいカフェメニューが並ぶ中、ケーキの種類がかなり充実していた。どれも美味しそうだ、それで肝心の値段は……うぐっそこそこするなあ。
「私これ好きなの頼んでいいの?」
「僕の財布が壊れない程度に加減しろよ」
「はーい」と不服そうに返事をして、メニューを捲った。
「ご注文はいかがなさいますか?」
少しして、伝票を持つウェイトレスが元気に聞いてくる。
「僕はアイスコーヒーだけで、白崎は?」
「このチョコケーキとカスタードプリン、あとミックスジュースをお願いします」
「おい甘党、これのどこが加減してるんだ」
「……追加でチーズケーキとフルーツタルトと」
「ウソウソ今の無し!お前は十分僕をいたわってたよ……店員さんさっきの二つは無しでお願いします」
元気に頷き、少し面白そうに返事をする。
「ご注文は以上でよろしいですか?」
「あーあと、すみません。僕ら演劇部で今から読み合わせするのでちょっとうるさくなると思うんですけど、いいですかね?」
「演劇!凄いですね!多分大丈夫ですよ」
くるりと綺麗な所作で振り返った彼女はカウンターに立つマスターらしき人物に、僕の言ったことをそっくりそのまま叫んだ。距離はそんなに離れていないのにそんなに大声を出さなくても。マスターは急な大声に微笑み、手で小さく丸を作った。他の客も気にしていない様子で、この店の恒例行事なのだと気が付く。
注文を繰り返したウェイトレスはぱたぱたとマスターの方へと駆けてゆく。
「元気な人だなあ」
是非VTuberになってほしい、きっと面白いと思う、推したい。
「なにニヤニヤしてるの、気持ち悪い」
「もちろん推し変はしないぞ、お前もずっと推していく所存だ」
「会話になってないんだけど!?」
「ねえ」白崎はこそりと呟く。
「身バレしそうになったときもだけど、よく咄嗟に嘘つけるよね」
「学校でいつも優等生ぶってて、天使であることを隠し続けたお前に言われると照れるな」
「なにそれ皮肉?アレも私だし、人間一側面だけで語れるもんじゃないでしょ。天使だけど」
自分勝手にそう話を切り上げて、ウェイトレスが持ってきたケーキやドリンクを受け取る。
コーヒーは少し遅れてやってきて、ストローに口を付けるときにはもう半分、白崎の注文品は減っていた。
チョコレートケーキにフォークを通して、次にプリンの側面に飾られたメロンを食べる。その後にミックスジュースで口の中を整えて、再びケーキに手を伸ばす。
頬をぱやぱやと赤く染めて、表情は美味しそうに柔らかくとろけている。
「そろそろ読むか、台本」
うっ、とのどに詰まらせたように表情は凍り、いやそうな顔をする。
「これ食べた後じゃ駄目?」
「駄目」
「えーなんで」
「食べ終わったら帰りたいって騒ぎそうだから」
スプーンを咥えたまま目を逸らす……そのつもりだったのか。
じっと見つめていると観念したように自分のスマホに手を伸ばした。
『ここのねチーズケーキとブラックコーヒーが美味しいんだって。お、きたきた。じゃあさっそく……んー!ケーキ最高!毎日食べたいくらい!!』
「えっ」
「なに。改めて聞いてもこいつ下手くそだなーって思ったの?」
「卑屈過ぎる。逆だよ、上手くなってるなって思った」
「ウソ!なんで!?」
白崎は褒められてまんざらでもないような表情をする。
ケーキの種類は違うけど、『いま美味しいものを食べているんだな』と思わせる演技が出来ていた。感情が乗った言葉は棒読みなんてものではなく、飛躍的な進化をしている。けどそんな急に変わるものなのか?
彼女は続けて読む。
『君は何頼んだの?……へえ、あっあそこに可愛い女の子が!隙ありー!ちょっと君のケーキも頂きますよ。あーむ、こちらも中々……ただのシェアだよ、シェア。んもう仕方ないなあ、ほら私のもちょっとあげる。あーん……どう美味しい?えへへ、良かった』
「えっ」
「ど、どう?上手?」
「今度は下手になった」
「えー?どういうこと?からかわないでよ、期待しちゃったじゃん」
「いやさっきは本当に上手かったんだよ……あそっか、経験してないからだ」
さっきは美味しいケーキを食べてそれをそのまま出力するだけでよかった。
嘘の付けない――大根役者の白崎は『あーんして、あざとくケーキを奪う』経験が無いから下手になったんだ。そうに違いない!
「僕にあーんしろ!そうしたら上手くなるはずだ!」
「どういう結論だよ!?ケーキ食べたいならほらあげるよ!」
「そうじゃない!ケーキをあーんして食べさせるという経験がお前を強くするんだっ!!」
「意味わからないことを大声で力説しないでよ!!分かった、あーんすればいいんでしょ!あーんすれば!!」
顔を真っ赤にして、切り分けたチョコケーキを乱暴に差し出す。
興奮気味の僕は周囲の視線が集まっていることに気付かず、そのケーキを口に入れた。
「うまっ」
「今はケーキの感想なんてどうでもいいし……これで満足?」
「大満足だ、よしもう一度読んでみよう」
嫌そうに白崎は顔をしかめつつ、再び読み始める――
――上手くなってる」
「馬鹿にしてるの?」
「嘘じゃない、本当に成長してる。やっぱり経験すれば上手くなるんだ……逆に器用だな、どうやってるの?」
「こっちが知りたいわよ!」
リンゴのように頬を赤く染めた彼女はオーバーヒートしたように顔を机に突っ伏す。
「なんで私がこんな目に」
「お前が器用に下手なのが悪い」
「器用貧乏ってやつか」
「全然違う」
次の台詞はコーヒーを苦そうに、大人ぶってそれを悟られないよう食レポをする可愛らしいシーンなのだが、僕のコーヒーを一口飲んだら上手くいった。
甘党の白崎は顔をしかめながら言う。
「これって間接キスじゃん」
「おいやめろ」
「そんな照れないでよ。こっちも恥ずかしくなる」
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