6.演技克服デート~プレゼント編~
「帰りたい……」
白崎はまた店の直前、雑貨屋に到着した瞬間に動かなくなった。
押しても引いても僕の力では動きそうにない、これは天使云々ではなく元々の運動能力の差のような気がする。
「なんでまた、体験に効果はあるって証明したぞ?」
「喫茶店は演技の練習って言い訳が通るけど、雑貨屋で台本読むのおかしくない?」
「じゃあ台本読んでるっぽくなきゃいいだけだな。よし、お前の演技にかかってるぞ!」
威勢よく鼓舞して手を引くと、怠そうにようやく動いてくれた。
先ほどの喫茶店はレトロで暗い印象を受けたが、この雑貨屋は色合いが淡く、光が多く取り入れられている。クリーム色の壁、南向きの窓、観葉植物がそこら中に置かれて、棚や商品もパステルカラーのものばかり。
「暗記してるか?」
「してる……しょうがない腹くくるよ」
こそこそと言い合い、白崎は息を吸う。
『雑貨屋って面白い文房具とか可愛いアクセサリーとか売ってて、買う気が無くても見てるだけで楽しいよね』
臼裂は文房具のコーナーへ駆け寄り、小さな机に並ぶ可愛らしい紙類の一つを手に取る。
『ほらこの変なメモとか、可愛いけど使う機会なさそうな感じ好きだなー』
『あれ?わかんない?この面白さが分からないの?ふーん、ま、今日は私が楽しむための日ですから』
メモ帳から手を離し、店内を物色するように眺めながら、
『今回はアクセ目当てなんだよねーなんか良さげなのないかなあ、あっ』
間延びした声でアクセサリーが並ぶ台、それのピアススペースへと向かった。
手に取り見ていく中で、急に臼裂は硬直する。
聞こえるくらいに大きく息を呑んで、手の中にある小さめのそれを鏡の前で合わせた。
臼裂の――白崎の目は輝いている。
そのピアスは花が幾何学模様で描かれた青いもので、『臼裂くのら』が身に付けているそれに近かった。思い出したように咳払いをして、台詞を続ける。
『うわあこのピアス可愛い……けどなあ、どうしよう…………え?いやいやお金は君が出してくれるんだから悩んでないよ、そうじゃなくて校則、ピアス穴開けたら絶対生活指導行きだよ?今は可愛さより面倒くささが勝つからやめとくかな』
大事そうに手に持たれたアクセサリーを台に戻して、臼裂は視線をどこかへやる。
『…………あーなんか君からプレゼントが欲しい気分だなあ。あの可愛いピアスを買ってくれたりしないかなあ……ピアス穴開けるわけじゃないし買ってもらえば気が済む気がするなあ……え、いいの?本当に?ありがとっ、嬉しい』
にへらと笑い、僕の手を引いてレジへと向かう。
価格は先の喫茶店と同じくらいで血の気が引いていくのを感じた。
今月はグッズ購入を押さえなければ生きていけないかもしれない。
「変なカップルだったね」
「どこが?彼女楽しそうだったよ」
「そうじゃなくて、彼氏さん一言も喋ってなかったのに彼女は会話してるみたいだったでしょ」
そんな店員の会話を背に、店を出る。
白崎の手には焦げ茶の紙袋が握られて、気分良さげに少し前を歩いていた。
「店員さん誰も気付いてなかったね。いやあ私は最初から出来る娘だと思ってたんだよ!」
「どの口が言ってんだ、おかげで僕はカツカツだよ」
「ありがと。錬村に演技下手って言われたとき絶望したけど、今はだいぶ自信ある」
やけに素直な白崎の言葉に、ついうっかり笑ってしまう。
なんだかんだ僕も今日は楽しかった。推しの壁になりたいという思いに偽りはないけれど、親友と遊ぶ機会がVTuberの活動と住む世界の違いで無くなっていたことに寂しさを覚えていたのかもしれない。『白崎』と過ごす一日は、案外悪くなかった。
「また遊ぼう」と口をつこうとして、白崎が台詞を被せてくる。
『ねえ、今日全体を通してさ、私っぽくないなーって思ったでしょ。カフェとか雑貨屋さんとか全然似合わないなーこいつって、私もそう思うよ。色々調べて特別な放課後デートにしたいなあってちょっぴり背伸びしてみました』
それはラストパートの台詞。どうせ恥ずかしがるだろうから、外で読まなくても良いと言っておいたものだった。黙って、聞き入ってしまう。
『本当はおうちでだらだらするのが好きな私だけど、こんなときくらい格好が付けたくなるんだよ。オンラインじゃなくてオフラインで過ごすのも乙なものでしょ?』
『それでね、じゃーん!君にプレゼントがあります!はいどうぞ……中身はなんと君から貰ったピアスでーす!』
『どういうこと?って顔だ、これはね私が持ってると勢いあまって穴開けちゃいそうじゃない?だから私が校則を気にしなくていい歳になるまで預かっててほしいんだよね』
臼裂はピアスの入った紙袋を押し付けるように渡してくる。
『それで、改めてその時にプレゼントして、いい?良かった』
前を歩く臼裂は僕の手を引っ張り突然走り出す。
あたりはすっかり夕日に包まれていて、踏み出す度に白髪がオレンジ色に溶け込み揺れていた。彼女の手は緊張で汗ばんでいて、痛いくらい強い力で離さないよう握られている。
よくできたアドリブに少しどきっとする。
息を整えつつ、立ち止まる。そこは坂を上った小高い丘で、街の半分くらいを見下ろすことが出来た。
『楽しかったなあ、また行こうね?こういう放課後の短い時間じゃなくて、ちょっと長めの休みとかに一日中遊ぼうよ。また約束、今度は忘れないでよ?』
「うん、遊びに行こう」
「なに答えてるの?」
彼女の台詞につい答えてしまい、隣で白崎が腹を抱えて笑っている。
自然な演技と真剣な声色のせいだと言い訳しても、聞く耳を持ってくれない。
「あーくそ、笑い過ぎだろ」
つられて僕も笑いがこみ上げてくる。
白崎の顔は赤いのは夕焼けのせい。笑い声を漏らす彼女は不覚にも綺麗だと思えてしまった。
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