12.天使 VS 悪魔

『さっきは取り乱してごめんなさい』

『いいよ、もう気にしてない。それよりいつ僕のレインを?』

『時間を止めるよりかは容易い』

『草』『それはそうだな』


『全然気にしてないけど、もし埋め合わせがしたかったら週末遊びに行かない?まだ話足りないから』

 数十分経って、qedの公式スタンプが送られてくる。

 ネコミミフードを被った彼女が手で小さく丸を作り、背景には『OK』の文字が書かれているもの。

『じゃあそういうことで』

 先日白崎と二人で訪れた喫茶店のテーブル席の窓際、そこに僕は座っていた。

 指定した時間は昼前、太陽が大きく出る時間帯なのに放課後とまるで変わらず暗い……じゃなくて落ち着いている。

 あのときは手持ちが無くてアイスコーヒー一杯しか飲めなかったが、今回は違う。

 こういう話し合いは経費で落ちることに気が付き、僕の財布は嘘のように膨れているのだ。

 前回も取材と言えば取材だから身を切る必要はなかったのだが、ご愛嬌ということで。

 

 僕は特に取り柄のない人間だと自負している。

 VTuberのような活動者にはなれない非生産オタクで、推す事に命をかけていると言っても過言ではない。推すとは恋愛感情とは別にその対象を応援することであり、形は何であれ自我を露出させるべきでないと思う。

「推しとプライベートな関係を持とうなんて考えるわけ無い」

 ソファに腰かける僕、対面からすこしずれた通路には落胆と驚きを表情に滲ませる土井がいた。彼女は視線をこちらから外して隣、ミックスジュースに添えられたストローから息を吹き込み、ぷくぷくと遊ぶ白崎へを睨む。

「でも私のお世話はしてるよね?あれはプライベートじゃないの?」

「じゃあ一人で朝起きてくれよ。お前と距離取るから」


 土井の威嚇を白崎はまるで感知していないかのように振舞う。

ちらと彼女を見て、ストローから唇を離す。

「彼平気で嘘つくから。まだ付き合いが浅いだろうから教えてあげる」

「私もう帰っていい?」

「ちょっと待った!話足りないのは事実だから!!お前もあんま刺激すること言うなよ」

 踵を返し、店の出口へ行こうとする土井を呼び止め、鼻で笑う白崎を注意する。

「まあ落ち着いて。ここのケーキ美味いから、それ食ってからで帰るのは遅くないだろ?」

「……わかった、きちんと話して諦めてもらうのでも遅くないよね」

 意図しない納得の仕方で土井は対面のソファへ座り、胸をなでおろす。白崎の「いや経費で落とすんだろこの嘘つき」という目線の訴えを無視して、メニューを開く。

 

 qedが仕事相手は臼裂であると知って、急な手のひら返し――話はあっという間に頓挫した。

 別にqed以外にも選択肢あるだろうが、納得のいかないまま他の人を探すことは出来ない。

 『どうして臼裂では駄目なのか』それくらい知る権利があるはずだ。

 あとはちょっとした嫌がらせ。

 気持ちは彼女に傾いていたのに、ドタキャンされたことを僕は根に持っていた。

 ――以上でお願いします」

「かしこまりました!ご注文を繰り返させていただきますね!」

 前回行ったときと同じく元気なウェイトレスが注文を取り、確認作業に入っている。

 読み終わるとマスターに伝えるより先に僕に耳打ちする。

「もしかして修羅場というやつですか……?」

「違いますよ!?」

 ウェイトレスはしゃがんで顔の半分を机の上から出し、対面する二人の交互に見る。

「でも……お二人共怒ってないですか?」

 白崎は張り付いたような笑みを浮かべ、そとゆきの表情をしていている。

 土井は目つきの鋭さを更に研ぎ澄まし、スマホに視線を落としたまま話そうとしない。

「怒ってますね、多分」

「それでどっちが本命、」

「だから違いますって!!」

からかうような笑みを浮かべた後、注文を叫ぶ。だから繰り返した時点で聞こえてるって。

 まあ修羅場ではあるか。

仲の悪い二人を引き合わせて、わざわざ話そうとしてるんだから地獄には変わりない。

 これから想定される言い合いに胃が痛くなりながら切り出す。

「まずなんでお前らは仲が悪いんだ?」

「私が天使だから」「悪魔なので私は」

 ふむ、模範解答のような答えだな。

「種族的に対立関係なのは分かった。けど土井は名指しで白崎が嫌いって言ってたよな?こいつが天使だっていつ知ったんだ?」

「うそー私は土井さんのこと大好きなのにー?信じらんなーい」

「流れるように嘘つくな」

 渋い顔をしながら土井は話始める――その顔には嫌なことを思い出すような雰囲気があった。

「私と白崎さんはお互い有名人だから」

「『四元素の一つを司る』土井家と『五行思想の一つを扱う』白崎家と言えばあっちの名家なのよ。同じクラスになったときピンときて、すぐに話しかけてみたんだけど」


『おはよっ!私、白崎です!土井さんってあの土井さんだよね!?うわあ感激だなあ、私は家のいざこざとかあんまり気にしてないから仲良くしようね?』

『…………白崎さん』

『さんとか付けなくていいよ!同級生でしょ?』

『白崎さん、私はあなたが苦手かもしれない』

「みたいに言われてさあ。ひどくない?」

 土井の台詞を奪うように説明する白崎。

「あの後『私も土井さんのこと苦手だな』って言ったよね。無理してる天使、見てて辛くなる」

「私も気を遣えない陰気な悪魔は見てられないなって思ってたよ?お互い様だねえ」

「やめなさいって二人共。あんまりいがみ合うと僕の内なる関係性オタクが騒ぎ出しちゃうでしょうが、『えっシナジーないと思ってた二人が実はこういう関係で!?』ってありもしない妄想始めるよいいの?」

「ねえ説得キモい」

「ちょっと分からない」

 よし僕のライフポイントを引き換えに二人は黙ったぞ。

 今日の夜枕が濡れることは確定したとして……この状況をどう打破すればよいのか。

「配信は?お前らが嫌いなのって内側の話だろ、外身を見たら気が変わるかもよ」

「ない」「ないと思う」

 二人の声が揃う。

「どっちも私だから中身も外身も無いのよ。こんな無味乾燥な奴にに耐えられる気がしない」

「そもそも私配信しないのに急に他界隈と絡むの不自然。どこに需要があるか分からないし」

「少なくとも僕にはあるな」

「身内ウケ狙ってどうするのよ」

「十周年オリ曲の伏線になるぞ」

「間接的に曲制作が決定するってこと?嫌」

 二人の息の揃った口撃――もとい主義主張に天井を仰いで悩む。どうすれば納得できるのか。



「にしても残念だよなあ。qedに曲作ってもらえたら白崎も嬉しいだろ」

「……何言ってるの」

「いやお前が渡してきたプレイリストに『鏡壊』入ってたじゃん。それってqedにオリ曲制作頼みたかったってことだろ?」

「わー!わーー!!うるさいうるさい!!黙れ!!余計なこと言うなっ!!」

 耳を塞ぎながら絶叫する白崎、ぽかんとする土井。

 加虐心に火が付いて、身を乗り出して土井に話しかける。

「こいつqedのファンなんだよ。アルバム買ってるし、ライブにも何回か現地行ってるくらい筋金入りの……あんな口調だけどさ、内心嬉しがってんだよ」

「いい加減なこと言うな!!……グッズも集めてる」

 反論するんじゃなくて補足してきやがった。

「な?ガチだろ?」

 笑いかけると土井は複雑な顔をして――諦めたように口をついた。

「分かった、ファンならしょうがない」


「それって……!!本当に!?」

「まだ曲作るのは、ちょっと嫌。だから一度コラボをしたい、そこで決める」

 白崎と顔を見合わせる。

彼女の顔は喜びに溢れていたが、耐えるように自分の太ももをつねっていた。

「ま、まああんたがそこまで言うならコラボしてあげなくもないけど?」

 いくらか改善されたとはいえ演技下手な彼女の台詞には隠し切れない嬉しさが残る。

 それを見て土井は愉快そうに微笑み、白崎は取り繕うように怒った。

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