32.炎上回避

 学校を出て、近くの繁華街を訪れる。

 カラオケやゲームセンター、飲食店、雑貨屋などがいくつも並び立つ賑わう大通り。

 休日だからか人通りが一気に増えて、スーツの営業マン、家族連れの他に僕たち同様制服姿のグループがいくつか見える。

 空き教室での話はまだ続く。

「ちなみに神様には神界規約、ドラゴンには異界規約が適用されるよ」

「はい質問。元人間の現バ美肉ドラゴンはなにが適用されるんだ?」

「その場合、元の種族を参照するので無適用。のびのび生きてね」

「えへろろん先生、やりたい放題してるのか……」

「人のママを変な風に言うな。ちゃんと法律と憲法に縛られてるわ」

 臼裂くのらのキャラデザをした方がえへろろん先生、たまたま神からのイラスト依頼をこなしたらえらく気に入られチップ感覚でTSドラゴン娘になった人。

 

 繁華街をしばらく歩いた後、潰れたタピオカ屋と未だ現役カラオケ店の間の路地を通る。

 小奇麗に整えられた繫華街とは異なり、地面は継ぎ接ぎのアスファルト、壁面にはスプレーの落書き、ポイ捨てのゴミがあからさまに増えた。路地に入った途端に人声は室外機で掻き消え、人混みとは違う気持ち悪さが存在している。

 土井が先頭、勝手知ったる様子でずんずん進んでいく。

「んでその規約は破るとどうなるんだ?というか誰が破ったとか分かるもんなのか」

「知らない、破ったことないから。ここにいるための規約だから、強制送還されそうだね」

「そんな厳しくない。種族の根本に反するような約束を破ればそうなってしまうけど、一日外出禁止とか、反省文一枚とか、そういうのもあるし」

「やけに詳しいな、まさか違反した履歴が」

「……無いに決まってるでしょ」

 それはある間なんだよ。


 入り組んだ路地を抜けた先には廃墟があった。

 壁面は崩れ、窓なんてものはなく、床もほとんど朽ちており、鉄筋コンクリートの柱と梁くらいしか残っていない。一階と二階の床はある程度残っているが、三階は崩れ切っていた。

 見上げると四方には高い建築物が立ちはだかり、空が狭い。

 切り取られたようなひと区画、鬱蒼と生える雑草たち、繁華街から来たとは思えない静けさが空間に充満している。

 土井が一足先に草木をかき分けて、柱に読めない文字をマジックで書き込む。

 彼女曰く、人払いの呪文。

「これでよし。撮影をしようか」

 土井の指示通りの動きを白崎がして、それを僕が撮る。

 天使化した彼女は白い羽を振らせながら、必死に歌う振りをする。

声を出さず、無音の中撮影は進んでいた。

いくら人払いをしているとは言え、大声を出せば気付かれる――というか本物の天使の歌声を直接聞くのは人間にとって毒だと白崎は語った。

「そういうものなんかなあ」

 羽根で悪魔を祓える天使の歌が無害だと考える方が難しいけれど、だったら僕はその毒に長年侵されていることになる。

「あれ嘘。白崎はあなたに歌を聞かせたくないんだって」

「ええ……」

 休憩中の土井に聞くと、あっさり答えた。

 柱にもたれる土井は絵コンテをめくり、すぐそばでしゃがみ休む僕に目をくれる。

「とうとう嘘つき三人組になってしまった」

「人間らしくなってるって思えば微笑ましくない?」

 白崎は廃墟のコンクリートの段差に腰掛け、スポーツドリンクに口を付けていた。

「そういえば撮影に入ったってことは曲完成したんだよな?」

「したよ」

「はえー!さすがqed様じゃな」

「時間止めたらいくらでも作業できるし、取材もさせてもらったから。むしろ遅いくらい」

「依頼から一か月経ってないんだぜ?爆速だよ、流石プロ。武道館ライブ待ってます」

「ファンじゃなくなったのに待ってくれるんだ」

「友人として応援してるんだよ。そしてあわよくば関係者席のチケットをおくれ」

 土井はくすりと笑って、紙束で僕の頭を軽く叩いた。

「というか僕に曲完成の話がいかないってどういうこと?白崎の歌も収録したんだろ?」

 首肯する。

「本人に止められてたから仕方ない。きちんと完成したものを聞いてほしいみたいだよ」

「僕これからこの映像を編集するんですけど、全然制作にかかわってるんですけど」

「……そこまでは頭が回らなかったとか?」

「うわあーありそー」

 白崎は馬鹿ではないが、阿呆だ。完成品を急いだ結果、僕を見落としたのだろう。

「休憩終わり―!二人共ほら再開するよ!!」

 頭のヘイローが夏草のようにきらりと光り、快活に笑う。

 僕と土井は顔を見合わせ、

「仕方ない。下手くそな嘘に乗ってあげよう」

「嘘つきの先輩は言うことが違うね」

 駆け寄る白崎に聞こえないよう、そうして会話を終わらせた。


 二時間か三時間、夢中でトライアンドエラーを繰り返す。

 ここの撮影は次のシーンで終わり――息を呑んだ。


 崩れかけた階段から降りてくる臼裂、四つの羽を折り畳み、目は熱っぽい。

 瓦礫と雑草に光射す、廃墟の一階、彼女は口角を少し上げた後、その羽を広げる。

 画角は白い彼女と白い羽で埋まる。初期衣装の臼裂くのらは降りゆく天使の羽を踏みながら、歌っている。汗を散らし、表情もずっと必死だった。

 自分の伝えたい気持ち、自分のこれまでの努力をぶつけるように、その顔は確かに画面の向こうのファンを見ている。澄んだ瞳、そこに映るのは三年間の軌跡だ。

 欲しいものは絶対に手に入れるというそんな強い意志が乗った目は琥珀色に輝いている。


 白く健康的な肌、それを覆うように美しく仕立てられたドレス。

 肩まで伸びる艶やかな真っ白な髪が揺れ、四枚の羽は今にも羽ばたきそうな勢いがあった。

 頬と耳を赤くしながら、まるで告白するように甘く目を細めて口を動かす。

 懺悔ではなく恋愛方面のそれ。


 清廉で無垢で神性、けれど自分勝手でだらしなくて嘘の下手な僕の幼馴染。

 『天使みたいだ』そう口をつきそうになって、咄嗟に舌を噛む。

 

「カット、おっけー映像見せて」

 土井のカットの声で、はっとして構えていたスマホの録画停止ボタンを押す。


 こんなに白崎は演技が上手だっただろうか。

 こんなに可愛くて、格好良くて、美しくて、憧れる存在だっただろうか。

 もしかして白崎のこれは演技じゃなくて――。


 そんなことを考えているうちに土井にスマホを奪い取られた。

 しかも呆れたような視線を送られてしまう。

「私も見る―!」

 白崎――臼裂が僕を横切った。長い髪を揺らしながら興奮した様子で土井に近寄る。その一瞬、僕の目の前に立ち止まり、胸を人差し指でつつかれる。

 にやりといつもの調子で意地悪く笑う。まるで「伝わったか」と聞くような素振り――つつかれた胸を押さえて、そのままブレザーを握りこむ。


 顔が熱い。

 胸が苦しい。

 どうしたらいいのか分からない。

「…………し、しら」

 『白崎』と呼ぼうとして言葉に詰まる。

 あれ、今までどうしてたっけ。

 頭がパンクして、考えがまとまらない。

「あーくそ」

 しゃがみこみ、顔を伏せる。

 きっと見るに堪えない顔をしてしまっていた、だから見えないようにしたんだ。


 僕はこの感情を知らずに生きてきたわけじゃない、これの名前を知っている。

 どれだけ綺麗で、おぞましいものなのか重々承知している。

 今まで気付かないように目を背けていたものがとめどなく溢れてくる。

 けど駄目だろ。

 そんなことして、最悪な炎上をしてしまって、白崎の今後のキャリアを汚したくない。

 僕が始めたことを僕の手で終わらせるだなんて、そんなクソな台本書けるわけない。

「はやく諦めないとなあ」

「なにを諦めるの?」

 心臓が跳ねる。白崎の声が頭上から聞こえた。

 きっと心配してやってきたんだろう、唐突に座り込んだら誰だって熱中症か何かだと思う。

 何も答えない僕の隣に彼女はしゃがんで、肩を合わせる。

「錬村が何を悩んでるのか知らないけどさ、諦めないといけないって思い込むのは良くないよ。そういうときは一旦保留にして、時が解決してくれるのを待ってみるといいと思う……私は首を長くして待つようにしてる」

「やっぱお前に賢いこと言われるとムカつくな」

「なにおう!?」

 視線を上げて、立ち上がる。

天使化を解除した彼女は制服に戻っていた。

丸眼鏡に無改造のブレザー、猫被りな容姿にどきりとして目を背ける。

「悪いけど僕ははっきりさせるぜ。嘘ついてばっかだが、やるときはやる男だからな」

「じゃあ諦めないの?」

「あ、あきらめ…………答えはCMの後で!」

「全然はっきりしないじゃん!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る